日文4

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日文4
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私は高校時代に同級生の女の子に、皆の見ている前で顔に唾を吐き掛けられたトラウマのせいか、女性に唾を吐き掛けられるのが大好きです。唾を垂らされる,というより、蔑みの表情を浮かべた女性に思いっきり顔中に唾を吐き掛けられるのが何より好きです。
知り合いのS女性が言っていました。「聖水は普段,絶対に人に飲ませることがない。SMプレイの専売特許だから非日常の行為なのよね。だから却って抵抗感が薄いの。だけど、唾,特に顔に吐き掛けるっていうのは日常でも有り得ること、相手に対する極端な侮蔑,嫌悪感の表明でしょ。妙にリアルなのよね。だからプレイ中に唾を吐き掛けるのって,何か日常に引き戻されるような気がするし、そこまでの感情がないのに唾を吐き掛けるのって,何か嘘っぽい気がして気分が冷めちゃうのよね」
多分,彼女は一面の真実をついている気がします。だからこそ、私は女性に本気で唾を吐き掛けられるシーンにあこがれてしまいます。ましてや、かってそれを味合わされた身としては、今一度そういったシチュエーションで唾を吐き掛けられたい、との願望に身を焦がしてしまいます。
私のつたない文章力で、女性が唾を吐き掛けたくなる感情,唾を吐き掛けられた男の感情をかけらほどでも表現できていれば、幸いです。


レイコとシンジ  転落決定

玲子はその晩,なかなか寝付けなかった。天城,あの子,単なるお嬢と思ってたけど,思いっきり猫かぶってたわけね。私でも,引っぱたいたり蹴りを入れたのはいくらでもあるけど、ベルトで鞭打つ、なんてのは流石にやったことがないわよ。でも、鞭かあ…生身の人間を鞭打つのって,どんな気分なのかな。自分より礼子の苛めっぷりが目立ったのは忸怩たるものがあったが、玲子は内心,礼子のことを見直していた。傍若無人を絵に描いたような玲子が人を見直すなど、めったにあることではない。
一方,その頃礼子もまた寝付けぬ夜を過ごしていた。信次を鞭打った感触がまだ手に残っていた。宙を切るベルトの音,信次の背中が発する爽快な音,信次の悲鳴。全てが耳に焼きついていた。目をつぶっても、信次の背中が鞭打たれる度にビクッと震える様,赤く腫れあがった信次の体が瞼に浮かんでなかなか寝付けなかった。気持ち良かった。興奮に全身が粟立つ位だった。快感・・・だったよね。私、後半は完全に・・・・信次を引っ叩くこと、ううん、鞭打つことを・・・楽しんでたよね。フウウッ、大きく嘆息した。自分が、人を苛めることに快感を感じるとは思わなかったな。でもね・・・礼子はベッドの上に起き上がり,ビュッと声を出しながら鞭を振るうように腕を振ってみた。「玲子がいじめに浸るのも分かるような気がするな…」
玲子と礼子,二人の感情は,微妙にシンクロしはじめていた。そして慎治と信次の運命もまた、同じくシンクロしはじめていた。
翌日の朝,慎治は少し陽気な気分だった。昨日,礼子があれだけ派手なお仕置きをしたのだ。信次も暫くは大人しくなるだろう。流石の玲子だって、少しは静かになるんじゃないかな。慎治は基本的に小心者だが、小心者の常としてお調子のりの一面も持っていた。昼休みに玲子が真弓,亜矢子と相変わらず騒いでいるのを見た慎治は、ガラにもなくクラス委員らしく振舞おうとした。「霧島さん、いくら昼休みとはいっても、もう少し静かにしようよ。」玲子は正直,仰天した。「私,いったい誰に注意されてるの?しかも授業中とかホームルームでもない昼休みに??よりによってや・は・ぎ・に???」玲子の戸惑いは一瞬後には怒りに転化された。「ちょっと、矢作、今は昼休みじゃないの?なに他人にケチつけてんのよ?大体さ、あんた、いったい誰に口聞いているの?それともあんた、未だ蹴られ足りなかったの??」玲子がガタッと机を鳴らし,立ち上がった瞬間,慎治の背筋に寒気が走った。それでも、慎治は必死でなけなしの勇気を振るい,玲子に口答えした。「だ、だ、だって、い。ぃ、ぃくら昼休みでももももうちょっと静かに、というか上品に・・・」上品?言ってくれるじゃん。その一言は玲子の怒りのツボを直撃していた。育ちのいい玲子にとって、慎治如きに否定されるだなど、酷い侮辱だった。「矢作,あんた、まさか私が下品だ、とでも言いたいわけ??」私さ、下品だなんて言われたこと、生まれてこの方一回もないよ。玲子は怒りに切れ長の瞳を燃え上がらせながら慎治に詰め寄った。
柳眉を逆立てる,というのはこういうことなのだろうか。なまじ整った顔立ちの分,玲子の怒りの表情は迫力があった。慎治の空元気を吹き飛ばすことなど、ほんの一瞬のことだった。「矢作、あんた、まだ、私に逆らう気なの?どうやら教育が足りなかったみたいじゃない?」玲子は今にも慎治に掴みかかりそうだった。もう一度,思いっきり蹴りまくってやろうかしら。だが、その瞬間,玲子の脳裏に昨日の礼子の鞭打つ姿がよぎった。
私も、礼子みたく慎治を鞭打ってみようかな・・・でも、このまま単に鞭打ったら礼子の物まねお猿さんよね・・ま、いっか。人を鞭打つのって,どういうものかやってみたいものね。「矢作、この前、蹴りを入れてやっただけじゃ教育が足りなかったみたいね。もう一回やり直してやるわよ・・あんたの大好きな礼子の教育法で私が躾てあげる。」玲子はゆっくりと、昨日の礼子と同じようにブレザーのスカートからベルトを引きぬいた。慎治の脳裏に,玲子に蹴りまくられた自分と,礼子に鞭打たれた信次の姿が二重写しになって映った。玲子にはどうやっても勝てないことは立証済みだった。しかも、この前苛められた時の玲子は一応,素手だった。だが、今の玲子は武器を持っていた。ベルトを,鞭を。慎治にとって、玲子が握り絞めているベルトは武器,というのとも少し違っていた。自分は玲子にまったく抵抗できずに打ち据えられる。それは慎治にとって、今まさに我と我が身に降りかかった、紛れもない現実だった。慎治にとって、玲子のベルトは囚人が目の前に突き付けられた鞭、拷問具を見せ付けられ,時分の運命を宣告されるようなものだった。ハ、ハワワワワワ・・・虎の尾を踏んでしまった、膝が笑っている。全身がガクガク震えている。
ににに、にげ、逃げなくちゃ・・・慎治は必死で,逃げ道を探した。教室から走り出ようと考えた。だが、出入り口は玲子の背後だった。運動音痴の自分では,到底玲子を出し抜けそうになかった。逃げ場など・・・ない・・・玲子がベルトをパンッと鳴らしながら一歩近づいた。慎治の頭は殆どパニック状態に陥っていた。必死で首を痙攣するかのように振る慎治の視界に、礼子の姿が映った。一瞬,慎治は地獄で仏,と錯覚した。反射的に礼子にすがった慎治の声は殆ど裏返った泣き声になっていた。
「あ・あまぎさんーーー、お、お、ねがい・・・」慎治の哀願を聞いた時,礼子は深い絶望と,それに倍加する怒りの爆発を抑えられなかった。くだらない意地を張ったあげく、女の子にまた泣かされそうになって、私に助けてお願い!?,女の子に助けを求める、ていうの!?!?昨日、信次を鞭打った時は玲子への意地の張り合いと信次への怒りが支配していた。だが、今は違っていた。礼子が慎治に対して抱いた感情、それは怒りなどではなかった。絶望だった。(私があれだけ庇ってやったのに。)こいつはどうやっても救いようがない。(それなのに、こいつは一生、こうやってビクビクしているの?女の私に卑屈な笑いを浮かべて近づいて、守ってもらうつもりなの?女の子に苛められるよう、て泣きつく気なの!)絶望は自分への怒りに変わっていった。私,なんでこんなやつに目をかけてクラス委員なんかを一緒にやっているわけ??そして最終的に,怒りは慎治への怒り,侮蔑,嫌悪感に昇華していった・・・甘えるのも、いい加減にしなさいよ!!!!
ガタッ、ガラガラ・・・余りに勢いよく立ち上がったおかげで、椅子が倒れ派手な音を立てた。一瞬教室がしずまりかえるのを意にも介さず、礼子はつかつかと二人に歩み寄ってきた。あ、天城・・・さんんんん・・・半ベソをかきながら、救世主到来に卑屈な安堵の色を浮かべる慎治の横で、玲子は思わず気色ばんでいた。「天城、まさかこいつを庇うつもり?」礼子は返事をしなかった。だが黙ったまま,ニコリと微笑んだ。その微笑には、全く敵意はなかった。あれ、私とやりあうつもりじゃないの?玲子が一瞬呆気にとられた次の瞬間,礼子の右腕が目にも止まらぬほどの速さで動いた。そのターゲットは、玲子ではなかった。鞭のようにしなった礼子の右手は,慎治の横っ面を思いっきり張り飛ばしていた。よろけて壁にぶつかった慎治を追いかけ、横っ面、頭を散々に引っぱたいた。
慎治は「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいいいい、いい、痛いようおおお」何が何だか分からなかった。立て続けに繰り出される礼子の平手打ちの痛さに、早くも泣き声になってきた。その意気地のなさが礼子の怒りに、余計に油を注いだ。礼子は慎治を床に引きずり倒すと、腹、腕、足、そして顔面、と所構わず思いっきり蹴りを入れてやった。この前味あわされた玲子の蹴りは,慎治を嬲るのが狙いだったから、十分に手加減されたものが殆どだった。だが、礼子の蹴りは違った。感情の赴くまま,手加減抜きで繰り出される礼子の蹴りは本当に痛かった。慎治は必死で「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら床を転げ回っていた。だが、礼子は許すつもりは全くなかった。それどころか、慎治の情けなさに怒りは一層つのるばかりだった。壁際に追い込まれ、逃げ場を失った慎治をもう一しきり蹴った後、礼子は荒い息をつきながら命じた。「立ちなさい!」反応しない。立とうとしないで足元で呻いている慎治は、巨大なウジ虫のようにおぞましい。礼子が殆ど意識すらしないまま、真新しい純白の上履きを履いた右足がスッと上がった。グキュッ、グリジリグリ・・・その脚は何の躊躇もなく、慎治の頬を踏み躙っていた。
あ、私、今、慎治を、他人のことを踏み付けている・・・しかも、顔、顔を・・・踏み付けている・・・目眩がするほどの衝撃を感じた。他人を意識的に踏み付けたことなど、育ちの良いお嬢様の礼子には初体験だ。ましてやそれが・・・顔、顔を踏み躙っているのだ。他人の顔を踏み躙っている。靴を履いて、靴底で踏み躙っている。自分がそんなことを他人にするなど、想像したことすらなかった。礼子は下を向いたまま、自分の右足に視線を釘付けにされていた。慎治の頬を踏み付けている自分の足。その足が、動いていた。過去形ではない、今、今この瞬間も、確かに動いている。間違いなく動いている。グリュッ、グリグリグリュッ・・・単に踏み付けている、ではない。自分の足が間違いなく慎治の顔を・・・踏み躙っていた。意志を持ち悪意を込めて、踏み躙っていた。私、慎治のことを・・・慎治の顔を・・・踏み躙っている・・・強烈な驚きが、カルチャーショックが全身を貫く。だが罪悪感はなかった。罪悪感だけは、一欠けらも感じなかった。
慎治の情けなさが、礼子の全てのリミッターを吹き飛ばしていた。礼子は自分が余りに自然に暴力を振るうのを、不思議にさえ思わなかった。昨日、信次に鞭を振るった。酷い暴力を振るった。だがその時の感情と今は全く違う。昨日は確かに信次を懲らしめ、屈辱を与えようとはした。信次のことを軽蔑していたし嫌悪感も感じていた。だが、それだけだった。憤りとか憎しみとかではなかった。信次に対してそこまでの感情は無い。だが今は違う。赦せない絶対に赦せない、慎治の存在そのものが、慎治がここにいること自体が絶対赦せない。礼子は心底,慎治に愛想が尽き果て絶望し、憎んでいた。そしてもう一つ、こんな根性なしに自分が目をかけてしまったことがまた、怒りを燃え上がらせていた。自分自身に対する恥辱だった。これじゃまるで、私、こんなヘタレを庇って昨日、信次のことを鞭打ったみたいじやない・・・私が、この私が、こんなヘタレを庇おうとしただなんて・・・侮辱よ。よくも私を裏切ったわね・・・こんな侮辱、絶対赦せない!
顔を踏み躙る程度、肉体のみに苦痛を与える程度では到底、飽き足らなかった。慎治の精神を、グチャグチャに破壊してやりたかった。軽蔑,侮蔑,嫌悪・・・慎治の全てが汚らわしかった。何度も何度も何度も、思いっ切り踏み躙ってやった。何分が経過しただろう、ふと、自分の足,信次の顔を踏み躙っている足まで穢れる気がして,礼子は足をどけた。ううう・・・足元で情けない呻き声が上がった。カアッ、血の気が上るのを感じた。何よその声?情けないったらありしゃしない!被害者面して、礼子さん酷いよ、とでも言うつもり?そんな世迷い言、絶対に言わしてやらない!礼子は傲然と命じた。「立ちなさい!!!」漸く礼子の足から解放され、呻きながら自己憐憫に浸っていた慎治は、礼子の足元に這いつくばったまま立ちあがることすらできずに、卑屈な目で仰ぎ見るように、礼子の顔色を盗み見た。火の出るような視線で睨みつける礼子の視線とクロスした。一瞬、ほんの一瞬も耐えられなかった。礼子の目力に気圧され視線をそらす慎治の情けなさが、礼子の嫌悪感,軽蔑を極限まで高めた。

ああもう!何なのよ一体!どこまで怒らせれば気が済むのよ!男のくせに、女の私に踏み付けられただけでもう立てない、とか泣きごと言う気なの!甘ったれんじゃないわよ!慎治の髪を掴み、無理矢理立ち上がらせた。へたりこんでいいなんて誰が言ったのよ、こっち見なさい・・・ちゃんと私のこと、見なさいよ!引き摺り上げられた慎治は、思わず目を反らしてしまった。その逃げ腰が余計に怒りをそそる。何目を反らしてんのよ、苛めないで、とか言いたい訳?これだけ私のこと怒らせて嫌な想いさせといて・・・被害者面するんじゃないわよ!ガンッ、音がするほど激しくその後頭部を壁に打ちつけ、涙に濡れた惨めな顔を自分に向けさせた。慎治が顔を背けようとするのを、グイッと自分の方に向けさせ、逃げられないように固定した。正面から、真正面から睨み据えてやった。フ、フルフルフル・・・プルプルプル・・・怯えきって自分を盗み見ている。目を反らすこともできずに、キョトキョトキョトキョトと眼球をせわしなく動かしながら何の意志力も持たずに唯々恐怖に震えている。何キョドってるのよ、私いま、ぶっても蹴ってもいないんだよ、なのに、ちゃんと私を見ることすらできない訳!?ねえ、私に、女の子に、睨み据えられるだけで、視線遭わせることすらできない位、怯えちゃう訳!?どこまで・・・どこまでヘタレしてたら気が済むのよ・・・
睨み据えている慎治は、異次元の生物、理解不能な生き物だった。たまらない嫌悪感が全身を這い回る。背筋を何百匹ものウジ虫が這い回っているかのような、おぞましい不快感が礼子の全身を包み込む。ふとその瞬間、礼子と慎治の視線が正面からクロスした。あ、わわわわわ、あわわわわ・・・ニンッ、慎治の顔面に,微かに礼子にすがるような、愛想笑いのような表情が浮かんだ。その表情は背筋に悪寒が走るほど,気持ち悪かった。口の中が酸っぱくなるような気さえした。うあああああ・・・声にならない絶叫が体の奥底から湧きあがってきた。美貌が歪み、マイナスの感情全てが、礼子の中で抑えられない激情となり、咆哮を上げながら駆け巡った。何よその顔・・・何笑ってるのよ、私に・・・媚でも売ってるつもりなわけ?睨み下ろす礼子と盗み見上げる慎治。激情と惰弱が交差する。一瞬,沈黙があった。そして、次の瞬間,礼子の美唇が急速に盛り上がった。ベッ!吐息が炸裂した音が、静まり返った教室に響いた。礼子が唾を吐き掛けた音、慎治の顔に思いっきり,唾を吐き掛けた音が、教室に響いた。
次の瞬間、ピチャッと微かな音が上がった。慎治の右目の下にかかった唾がゆっくりと、鼻筋を伝って流れていった。礼子は一瞬,我に返った。わ、私・・何を、したの・・・答は明らかだった。自分の口の動き顎の頬の舌の動きは、確かな記憶として残っている。そして何よりも明白な証拠が眼前にあった。慎治の顔面、その低い鼻筋を伝い滴り流れる白い泡状の液体。紛れもない、自分が、当の自分がたった今、吐き掛けたもの・・・唾が。自分が吐き掛けた唾が、慎治の顔を伝っていた。わ、私・・・唾、唾を・・・吐き、掛けたの・・・自分が他人に唾を吐き掛けた。紛れもない現実、ほんの一瞬前に自分がとった行動を、礼子は受け止めることができなかった。こんなことを自分がするなんて、想像したことすら無かった。他人に唾を吐き掛けるなど、本の中で読んだことしかない。誰かが誰かに唾を吐き掛ける、そんな光景を見たことすら、生まれてこの方一度もない。それを自分がやったのだ。たった今、自分がやってのけたのだ。慎治の顔に、唾を、吐き掛けたのだ。私、私・・・今、唾を、吐き掛けた・・・慎治に、慎治の顔に・・・他人の、顔に・・・唾を、吐き掛けた・・・凄まじい衝撃だった。全身に衝撃と共に様々な思いが駆け巡り、礼子は一瞬頭の中が真っ白になりそうだった。
「アッ、ヒイッ!あ、あああああ・・・」礼子の唾を吐き掛けられた慎治もまた、パニック状態に陥っていた。ペッ!礼子の美唇が動き音がしたのと同時に、顔中に衝撃が、熱感を伴った生温かい衝撃が炸裂した。あ、あわわわわ・・・ま、まさ、か・・・わな、わなわなわな・・・全身が震える。震えながら手を顔に伸ばす。何かが鼻筋を伝い滴り墜ちている感触がある。その液体、顔を伝い滴っている液体を拭いとった。まま、まさか・・・まさか、だよね・・・祈るような気持ちで自分の指先を見た。だがその指先に付着していたのは、生温かくヌルヌルとした粘液だった。その粘液は、白く木目細かい泡に彩られていた。それは・・・唾、紛れもない礼子の唾だった。ああ、あああああ・・・つ、唾、唾だああ・・・慎治は指先に視線を釘づけにされ、目を反らすことすらできなかった。つ、唾、唾だあああ・・・唾を、ぼぼぼ、僕は僕はぼ、くは・・・唾を、吐き掛けられた、んだ・・・そ、それもか、顔に、顔に、唾を、吐き、吐き掛け、られた、んだ・・・こんな辱めを自分が受けるなど、一生の内で自分が他人に唾を吐き掛けられるなど、想像したことすらなかった。屈辱、恐ろしい程の、想像を絶する程の屈辱だ。指先に乗った唾の泡が揺れている。屈辱に、全身をブルブル震わせる屈辱に揺れている。
誰に吐き掛けられた?目の前に犯人はいる。れ、れれ、れ、いこ、さんに・・・つ、唾、唾を・・・吐き、掛けられた、んだあああ・・・自分が、そこまで憎まれ蔑まれた、しかも女の子に、クラスメートの女の子に・・・唾を吐き掛けられた・・・そ、んなあああ・・・とかも今、自分に唾を吐き掛けたのは礼子、他ならぬ天城礼子なのだ。憧れの天城礼子、に中学生の頃からかずっとずっと想い焦がれ憧れてきた天城礼子、その礼子から唾を吐き掛けられたのだ。教室で。みんなが見ている目の前で、唾を吐き掛けられたのだ。口にすらできない卑屈な慕情は砕け散り踏み躙られた。たった一回の唾で。それは百万言の罵倒にも勝る、絶対の拒絶だった。
くくく、屈、辱だあああ・・・慎治は礼子に与えられた辱めに、打ち震えていた。こここ、こんなこと・・・ひど、すぎる・・・い、いくら礼子さん、だって・・・こんな酷いの、こんな酷いことって・・・ないよ・・・していいわけ、ないよ・・・ど、どうして、なの・・・全身を恥辱に焼き焦がされるようだった。どうしようもない感情の渦に飲み込まれ、地の底に引き摺りこまそうだった。余りの屈辱に、体が火照り息苦しささえ感じていた。く。苦しい、苦しいよおお・・・この苦しみから逃れたい、何とか逃れたい・・・縋り付くように礼子を仰ぎ見た。自分にこんな辱めを与えた当の礼子に。礼子が「ごめん、こんなこと、するつもりじゃなかったの」と謝ってくれることに、祈るような期待を込めて。恥辱の痛みに唯一の癒やしをもたらしてくれる、一言を与えてくれることを、心の底から渇望して。渇望?慎治は気付いていなかった。自分が既に負け犬であることを。尻尾を丸め腹を曝け出して、無条件降伏しているも同然だということを。「何するんだよ、ふざけるなよ!」普通の男なら、どんな弱い男だろうと意気地なしだろうと、こう叫んだはずだった。礼子より弱い礼子に勝てる訳がない、そんな事は関係ない。唾を吐き掛けられた、教室でみんなが見ている前で唾を吐き掛けられた。そんな辱めを与えられた男の反応は、これしかなかった筈だ。少しでも、欠片ほどでも人間としてのプライドがあるならば、反射的に怒っていた筈だった。だが慎治は・・・縋り付いてしまったのだ。自分に唾を吐き掛け辱めを与えた礼子に、縋りついてしまったのだ。礼子は黙っていた。縋り付く慎治の視線を黙って受け止めながら、真正面から見下ろすだけだった。大粒のアーモンドのような、大きく切れ長の礼子の美瞳。見下ろす礼子の目力は、圧倒的だった。慎治は、何も言うことができなかった。怒り・抗議・詰問・・・そういった類いの言葉は、心の片隅にも浮かんでこなかった。「あ、ああ・・・」礼子の目力に押し潰されそうになりながら、遂に慎治は洩らしてしまった。「ああ、あうううう・・・ひ、どい、ひどい、よおお・・・やべ、で・・・よおお・・・」慎治の口から洩れたのは嗚咽だった。哀願だった。怒りではなく泣き言だった。唾に、礼子の唾の衝撃に、慎治は尻尾を丸めた負け犬となったことを、自ら認めてしまい嗚咽していた。唾を吐き掛けた当の礼子に、泣きべそをかきながら哀願し赦しを乞うてしまったのだ。
唾を吐き掛けた瞬間、礼子もまた一瞬、思考停止状態に陥っていた。だが戸惑いはほんの一瞬だった。戸惑いに一瞬遅れて、強烈な感情が全身を駆け巡った。全身を様々な感情が激流となって駆け巡り、アドレナリンを沸騰させた。満足感達成感解放感・・・そして優越感。様々な感情が入り乱れ一つになり強烈な奔流となって駆け巡っていた。だが、全身を駆け巡ったあらゆる感情の中で、全く湧き上がってこない感情群があった。罪悪感だった。唾を吐き掛けただなんて、慎治に酷いことしちゃった。そんな感情は、微塵も感じなかった。憐憫も自己抑制も含め、負の感情は欠片も湧き上がってこなかった。全身を駆け巡った感情はやがて、ある感情に統合されていった。それは・・・快感だった。いい、気味・・・!慎治なんか、こうやって、唾吐き掛けられるのがお似合いよ!自分が他人に唾を吐き掛けるなんて、想像したこともなかった。だが、慎治に対しては,蹴るよりも,投げるよりも、関節をねじ上げるよりも、どんな苦痛を与えるよりも、唾を吐き掛けてやるのが一番相応しい気がした。少しは思い知った?慎治。玲子に、女の子に苛められそうになった挙句に私に、女の子に助け求めるようなクズはね、唾を吐き掛けられるのがお似合いよ!
この瞬間までは、礼子にとって唾を吐き掛けたのは、あくまで懲罰だった。懲らしめだった。少しは思い知ったでしょう?礼子は慎治が怒り狂うのを、当然の展開として予測していた。もちろん、謝ってやるつもりなど毛頭ない。慎治が暴れ出したら、遠慮なく張り倒してやるつもりだった。だが怒ることは、当然のこととして予測していた。唾を吐き掛けられたんだよ?それもこうやって、教室で、みんなが見ている前でさ、唾を吐き掛けられたんだよ?怒るに決まってるよね。だが見下ろす視線の先にいる慎治は、何も言えずにおどおどしているだけだった。1秒、2秒・・・沈黙が流れる。な・・・に?立ちあがろうとも叫ぼうともしない慎治を、礼子は理解不能だった。顔に吐き掛けられた唾を、指に取り見ている慎治。顔に唾をはきかけられたことを、100%確実に認識している筈なのに何も言わない慎治。それは礼子にとって、理解不能の存在だった。何なのよ慎治、プルプル震えるだけで。何にも言わないわけ?分かってるの、自分が今、何されたのか?慎治はね、今、唾を吐き掛けられたんだよ?私に、唾を、吐き掛けられたんだよ?じっと慎治を見下ろしていた。
半ば祈るような気持ちで、慎治を見下ろしていた。慎治のリアクションを待っていた。怒るよね、暴れるよね普通。それだったら理解できる。ダメ男だろうが情けなかろうが、唾を吐き掛けられて怒り狂う男、それは未だ、理解できる存在だ。いいよ慎治、罵りあおうよ、怒鳴りあおうよ、相手してあげるわよ。そうすれば幾らバカな慎治でも、少しはマシな人間になれるかもね。だが慎治のダメ振りは、礼子の予想を遥かに超えていた。「ああ、あうううう・・・ひ、どい、ひどい、よおお・・・やべ、で・・・よおお・・・」慎治の口から洩れたのは、情けない哀願だけだった。は、あああ!?一瞬、礼子は全身の力が抜け崩れ落ちそうになった。怒りすら通り越し、ハ、ハハ、アハ、ハハ!嘆息とも思える笑いが美唇から漏れた。そう、なんだ・・・慎治、そう、なんだ・・・慎治の本質を把握した実感が、全身に一瞬にして浸透した。そうなんだ・・・唾を、顔に唾を吐き掛けられても、そうやって哀願しちゃうんだ。唾を吐き掛けた当の私にさ。ひどいよやべでよ。て泣きながらお願いしちゃうんだ。とことん、被害者意識なんだね。やべでよお願いだよお、て、泣いてりゃ何とかなる、とでも思ってるんだ。私が酷いことした、て反省してくれる、とでも思ってるんだ。クズ慎治に私がどれだけ怒ってるかなんて、想像するつもりすら、ないんだ!

スウッと礼子は眼を閉じた。慎治、来ないの?・・・最後の猶予を与えた。叫び狂いたいほどの嫌悪を必死で押さえながら、祈りながら、最後の猶予を与えた。ねえ慎治、本当に、私と、喧嘩する気になれないの?唾を、唾を吐き掛けられても、本気で怒れないの?ねえ、こんなことされたのにさ、私に、仕返ししたくなんないの?ああ分かるよ慎治、慎治がなにを考えてるか。私が怖いんだよね、私の方が強いから、本気で喧嘩したら慎治、負けちゃうから。それが怖いんだよね。私に引っ叩かれて蹴られて、痛い目に遭うのが嫌なんだよね。でもさ、それでもさ・・・かかっておいでよ。唾を吐き掛けられる、教室で、クラス中みんなが見ている前で、女の子に唾を吐き掛けられるなんて屈辱味合わされたらさ、勝てるとか負けるとか、そんなくだらないこと考えないで、後先なんか考えないで突っかかってくるもんじゃないの?かかっておいでよ慎治、殴りかかっておいでよ。そうすれば・・・ちゃんとかかってくればさ・・・いいよ、勝たせてあげる、殴らせてあげるよ?唾を吐き掛けた私のことを、殴らせてあげるよ?殴らせてあげる、との思いは嘘ではない。嘘ではなかった。だが同時に、礼子はそれがあり得ない望みなのだ、ということを十分に分かっていた。慎治がかかってくる、自分の意志で、自分自身の意志でかかってくる、などということはない、それだけは絶対にない、ということを。1秒、2秒・・・沈黙が流れる。フウウウッッッ・・・俯いた礼子の美唇から、深い嘆息が漏れた。ゆっくりと顔を上げ、美瞳を開いていく。開かれたその美瞳にはもう、何の迷いもなかった。
その美瞳は白熱に燃え上がっていた。そうなんだ慎治、分かった。よく分かったわよ。慎治はそうやって・・・とことんクズなんだ。再び背筋を虫が這い回る感覚が走る。今ではその感覚がなんなのか、はっきりと分かる。慎治への嫌悪・憎悪・・・虫唾が走る、て言うのはこう言う感覚なのね。よくわかったわよ慎治、たっぷりと実感したわ・・・ありがとう慎治、人生初体験を味合わせてくれて・・・最悪の気分よ!真っ向から慎治を睨み据えた。薄汚い男・・・ううん、男なんかじゃないわ、慎治なんかドブネズミ以下よ!そんな薄汚い奴には・・・唾を、吐き掛けてやる!礼子は今、明確に意志を持って行動していた。先程の一撃、激情に駆られ半ば無意識に吐き掛けた一撃とは全く違う。唾を吐き掛けてやる。慎治の顔に、唾を吐き掛けてやる、という明確な意志の下に、行動していた。既に口の中には十分な唾が溜まっている。大きく息を吸った。目の前で呆けたように「ひどいよ・・・やべでよ・・・」と呟く意志薄弱な顔めがけ、全身全霊の力を込めて唾を吐き掛けた。「ベッ!」ビチャッチャッチャチャチャッ・・・一番大きな塊は慎治の額に着弾した。そして目から眉間へと、小さな泡沫が散弾のように散らばり着弾し、白い泡の花を咲かせた。
唾・・・私の唾・・・私が、吐き掛けた、唾・・・!唾を吐き掛けてやった。他人の顔に、唾を吐き掛けてやった。明確な悪意に基づき、明確な意志を持ち、明確に意識しながら、唾を吐き掛けてやった。自分が吐き掛けた唾を、そして自分に唾を吐き掛けられて震える慎治を、礼子はしっかりと見下ろしていた。確信していた。実感していた。慎治は、唾を吐き掛けてやるのが相応しい存在だということを。言葉の字義通り、唾棄すべきクズだということを。もっともっと・・・吐き掛けてやる・・・唾を、吐き掛けてやる!辱めてやる。唾で、私の唾で徹底的に、堕としめてやる!目の前の慎治、自分に唾を吐き掛けられて震えている慎治を見ていると、唾を吐き掛けてやりたい、もっともっと辱めてやりたい、それ以外の感情は何一つ、湧き上がらなかった。唾を吐き掛けてやりたい、その想いは限りなく純粋に研ぎ澄まされ、礼子の心の中全てを豊潤に満たしていた。3度目の唾を吐き掛けることには、何の心理的抵抗もなかった。否、何かを考えもしなかった。極く自然に、息を吸うように水を飲むように、礼子は再び口中に唾を溜め、息を吸った。「ペッ!」三度目の音が教室中に響いた。礼子が唾を吐き掛ける音が。
「あ、あうくううう・・・」礼子に唾を吐き掛けられながら、慎治は絶望と恐怖に震えつつ嗚咽を漏らしていた。見下ろす礼子の視線は、燃え上がっていた。真っ赤な灼熱の炎、ではない。赤い炎より遥かに高温の白い炎、一切の迷いを焼き尽くし残酷さを純粋に高めた、白い炎に燃えていた。そして何より恐ろしいことに、礼子は笑っていた。凄絶な冷笑を浮かべていた。慎治が微かに期待した、ごめんねの一言など、陰も形もなかった。あるのは軽蔑と憎悪だけだった。他人に、ましてや女の子にそんな目で睨み据えられたことなど、生まれてこの方一度もない。はあああ、はわわわわわわ・・・震えていた。為す術もなく震えていた。礼子に睨み据えられて震えていた。自分に・・・唾を吐き掛ける女の子に睨み据えられて、震えていた。正面から真っ直ぐに睨み据える礼子。上品な美貌が自分を睨み変えている。中学生の頃からずっと憧れていた高嶺の花、天城礼子の美貌。育ちの悪さなどどこにもない、優等生の美貌。その中でも、震えながら仰ぎ見る慎治を見下ろす、アーモンド型にやや吊り上がった礼子の美瞳、その目力は圧倒的だった。心の底からの軽蔑、心の底からの憎しみ、その想いを純粋にストレートに叩きつける圧倒的な目力。その目力は暴力的な程だった。殴られている訳ではない。罵倒されている訳でもない。唯、見下ろされているだけ。髪を振り乱している訳でもない。上品な美瞳で真っ直ぐに見据えているだけ。だが慎治にとって、礼子の上品さが、何よりも恐ろしかった。真面目で上品な美少女に軽蔑され睨み据えられる。それは恐ろしい程に屈辱的であり、そして・・・絶望的だった。白熱の美瞳で睨み据えながら、見下ろす美少女、憧れの天城礼子。その美唇から、唾を吐き掛けられたのだ。人格をプライドを、真っ向から否定されたのだ。そうでなければ・・・そうでなければ、3回、3回も唾を吐き掛けられる訳がない。人間失格、その烙印を唾で焼き付けている、憧れの天城礼子。イヤイヤイヤ、嫌だよおおお!心の底から辛かった。全身全霊で辛かった。慎治の全身にありとあらゆるネガティブな感情全てが、渦を巻き充満した。
だが・・・だが、その負のエネルギーは全て余すところなく、礼子の圧倒的な目力に弾き返され、慎治に逆流していた。軽蔑と憎悪を真正面から、何の躊躇もなく全力で叩きつける礼子の目力。自分の正当性を確信している、否、確信などではない。自分が正当であることを当然のこと、所与の条件、証明不要の定義として、糾問の視線と断罪の唾を浴びせる礼子。ここ、こんなこ、され、てめのに・・・ぼ、僕は・・・礼子に抗うことは愚か、抗議の一言を発することすら、恐ろしくてできなかった。恐ろしい?・・・そそそ、そう・・・礼子・・・さんが・・・こ、怖い・・・怖い怖い怖い・・・必死でその一言に、自分の全ての感情を押し込めようとした。礼子が怖い。逆らったら何されるか分からない。どういう目に遭わされるか歩からない。だから仕方ない。・・・何とか、何とか自分を納得させたかった。礼子の暴力が怖いのだと。礼子に痛い目に遭わされるのが怖くて、必死で耐えているのだと。しょしょしょ・・・仕様がない、じゃ、ない・・・だって、だって、礼子さんに、勝てる訳、ないん、だから・・・必死で自分を納得させようとした。腕力に、腕力の弱さに、全ての理由を押し付けようとしていた。だが、それが誤魔化しであることは、偽りであることは、誰よりも慎治自身が一番よく、分かっていた。確かにさっき、殴られ蹴られた。だが高々数発だ。そして今、礼子は何もしていない。殴っても蹴ってもいない。それどころか、顔をこっちに向けなさい、とすら命令していない。なのに・・・なのに今、僕は・・・ぼ、ぼぼぼ・・・僕は・・・何を・・・している・・・?顔を、自分の、顔を・・・差し出している。礼子さんに・・・顔を、差し出している。唾を、顔に唾を吐き掛けられるために、顔を、差し出している・・・
屈服、礼子に自分が、屈服してしまった・・・否定しようがない現実に、慎治は半ば思考停止状態だった。怒りの感情、礼子が期待した怒りの感情など、欠片も湧き上がらなかった。あ、あああ・・・ぼぼぼ、ぼく、は・・・礼子、さんに・・・こ、こここ、んな、に・・・軽、蔑・・・されている・・・き、嫌われて・・・いる・・・憧れの対象に、心の中のアイドルに、人格を全否定され唾を吐き掛けられている。教室で、皆が見ている前で唾を吐き掛けられ辱められている。公開処刑、だった。信次がベルト鞭で泣かされたことにも匹敵する、残酷な公開処刑だった。礼子に、憧れの天城礼子、恋愛感情を想いにすることすら憚られる手の届かない偶像、まさにアイドルである天城礼子に辱められているのだ。余りの絶望に、慎治は呪文のように呟き続けていた。「れ、礼子さん、許して・・・」礼子の怒りを軽蔑を、最もそそる言葉を呟き続けていた。慎治が呟く度に、礼子の美貌が怒りと侮蔑に、夜叉の如く燃え上がっていた。ベッ!・・・ペッ!礼子の美唇は休むことなく、何度も何度も繰り返し繰り返し、唾を吐き掛け続けた。

「あ、あああ・・・や、やべてよ・・・礼子、さんん・・・お、ね、がい・・・」美唇から唾が吐き出されるのを、その唾が虚空を舞い、自分の顔面に降り注ぐのを、震えながら仰ぎ見ていた。慎治の哀願など、礼子は一願だにしてくれなかった。哀願の言葉、切れ切れの戯言すら終わらないうちに、礼子は息を吸い込みながら、唇をすぼめ、たっぷりと唾を口中に貯めた。そして、唾が口の中に十分に溜まるや否や、目の前の慎治の顔めがけ、思いっ切り吐き掛けた。全開の嫌悪を込め、全身の力を口に集中し、あらん限りの力を振り絞り、全力で唾を吐き掛けた。礼子の美唇が盛り上がると、その間から白い唾が一瞬、見えた。そしてその唾は次の瞬間、「ぺっ」、あるいは「テュッ」という、少しくぐもった様な音と共に吐き出され、白い矢のようになって慎治の顔に飛んできた。単一の塊ではなく、幾筋かの白い矢が、ショットガンから打ちだされた弾丸のように、慎治へと飛翔する。礼子の熱く芳しい吐息を微かに感じた次の瞬間、生暖かい唾が顔にかかったのを感じる。礼子が吐いた唾は一撃一撃、全弾見事に慎治の顔面を直撃した。泡の多い、細かい粒が顔中に散らばった。吐き掛けられた唾の内、大きな固まりはゆっくりと慎治の顔を伝って垂れていく。幾つかの大きな固まりが慎治の眉間の当りに命中し、テラテラ光る帯を残しつつ、ゆっくりと鼻筋を伝い、口の方に垂れていった。
唾が顔を垂れて行く、生暖かい感触が焼き付けられる。虫が這い伝うようなその感触は、この上もない屈辱だった。顔をジクジクと強酸で焼き焦がされているようなおぞましい感覚、一生知りたくなかったその感覚は、自分が今、女の子に唾を吐き掛けられている、それも大好きだった礼子に、唾を吐き掛けられている、ということを、否応なく実感させられるものだった。余りの絶望に耐え切れずに、また下を向いてしまった。下を向く、と言っても唾を避けようと下を向いたのではない。礼子に顔を向ける力さえ首から抜けてしまい、ガクッとうな垂れてしまったのだ。だがその瞬間、声が飛んだ。「顔を上げなさい!」礼子の凛とした冷たい声に弾かれ、慎治は顔を上げた。あ、あああ・・・な、何で僕は・・・顔を、上げたの?つ、唾を、唾を・・・吐き掛けられる、だけ、なのに・・・その通りだった。「そのままよ慎治。絶対俯いたり目反らしたりするんじゃないわよ!ちゃんと私のこと、目を開けてしっかりと見続けなさい。私に、唾を吐き掛けられる所を、しっかりと見続けるのよ!」憧れの美少女は、驕慢に命じた。そんなあああ・・・哀願の言葉を探す惨めな顔を見下ろしながら、礼子は何度も何度も、思いっきり唾を吐き掛けた。「ペッ」という音が再び聞こえた。礼子の唾は50センチ程も飛んだだろうか。先ほどよりはやや下、慎治の鼻と口の間あたりにかかった。礼子は、慎治に唾を吐き掛け続けた。僅かでも下を向いたら、即座に顔を上げさせた。少しでも目を瞑ったら、直ちにきちんと開かせた。微かにでも、視線を唾を吐き掛ける自分から反らしたら、一瞬といえども許さず向き直らせた。そして慎治が自分に、憧れの天城礼子に唾を吐き掛けられている、ということを、骨の髄まで染み込ませてやった。
唾を吐き掛ける以外に、礼子は一切の暴力を振るわなかった。顔を自分に向かせることさえ、凛とした声で厳しく命令するだけだった。どーお、ウジ虫慎治?私に、唾を吐き掛けられる、感想は?どうせ慎治みたいなクズのことだからね、何とも思ってないんでしょう?自分がどれだけクズなんだかとか、私をこんなに怒らせちゃって申し訳ないとか、そんな人間らしいことなんて、ウジ虫慎治が考えるわけ、ないよね。慎治が考えてることなんて、どうせこんなことでしょう?酷い、礼子さん酷いよ、何でこんな酷いことするの、てさ、私に逆恨みしてるんでしょう?でもそれだけじゃないよね、きっと。こうやって唾を吐き掛けられているんだもん、それだけじゃ足りないよね。言い訳が欲しくて欲しくて仕様がないんでしょう?私にぷたれたから、蹴られたから仕方なかったんだ、逆らったら痛い目に遭わされるから、仕方なかったんだ、とかさ。バーカ、誰が言い訳なんてさせてやるもんですか!絶対ぶってなんかやらないよ。ウジ虫慎治のことだもの、ほんとはさ、押さえ付けて欲しいんじゃないの?縛り付けたりして欲しいんじゃないの?そうやってさ、逃げられないようにして唾を吐き掛けられたらさ、こんなこと言って自分を誤魔化すんじゃないの?逃げたかったのに、逃げようとしたのに、押さえ付けられて縛り付けられて、逃げられなかったんだよおお、逃げられないでいたところにさ、唾を吐き掛けられて、どうしようもなかったんだよお、なんて言ってさ。
大体さ、痛いの嫌、ていうのだって、怪しいもんだよね。口先じゃ、お願いぶたないで蹴らないで、とか言ってるけどさ、必死で逃げ出そうともしないで、その場にへたりこんでるだけじゃん。走って教室から逃げ出そうとでもしたらさ、私だって玲子だって、わざわざそれ以上、追いかけてとっ捕まえてもっと引っ叩く、なんてしないわよ、きっと。でもさ、慎治はその場にへたり込んじゃってさ、痛いよお、やめてよお、て泣いてるだけじゃん。慎治、慎治はさ、痛いのを単に、自分を誤魔化す逃げ道に使ってるだけだよ。黙ってへたり込んでりゃその内私や玲子も、赦してくれるだろう、なんて甘えたことしか考えてない、クズヘタレなんだよ、慎治は。バーカ!誰が赦してなんかやるものですか!徹底的に追い込んでやるんだから!逃げ道なんか与えてやらない。現実をたっぷりと味合わせてやるわよ。慎治はね、私の、唾に、屈服しているのよ。指一本触れていないよ。逃げたきゃいつでも逃げられるわよ?だけどさ、自分の意志なんかないクズ慎治だもん、ここから走り出して逃げ出すことすらできないんでしょう?女の子に、教室で、みんなが見ている前で、何度も何度も唾を吐き掛けられる、公開で唾を吐き掛けられる、なんて屈辱を味合わされてもさ、へたり込んで泣いてるしかないクズヘタレなんでしょう、慎治は?・・・虫唾が走るわ!そんなクズには、もっともっと唾を吐き掛けてやるわよ。女の子に唾を吐き掛けられる屈辱を、もっともっとたっぷりと味合わせてあげるわよ。そうやって・・・一生消えないトラウマを、刻み込んであげるわよ!
ふと礼子は、凄絶な冷笑を浮かべた。ウフフフフ、慎治は私に今、これだけ酷い辱めを与えられているんだよね。なのにさ、逆らうこともできなくて、唯々と言われるままに従っているんだよね。慎治、きっとこれ、慎治を縛る鎖になるよ。天城礼子に、死ぬより酷い辱めを与えられながら、屈服させられた。天城礼子に、命令されるがままに、唾を吐き掛けられ、公開の辱めを与えられた。ねえ、慎治はね、何の抵抗もしないで、その辱めを受け入れているんだよ?唾を、吐き掛けられているんだよ?ウフフフフ慎治、辛いでしょう?どうしようもないヘタレのくせしてさ、ちっぽけなプライドだけはあるみたいじゃない。こんな酷い辱めを与えられて、辛くて辛くて堪んないんでしょう?唾を吐き掛けられるのは辛い。唾を吐き掛けられるのは屈辱だ。その程度のことは、分っているんでしょう?なのにさ、慎治は何の抵抗もしないで、私にされるがままになる道を、選んじゃったんだよね。だったらさ、ヘタレ慎治クンは、どう自分の心に言い訳するかしら?分かるよ、私。簡単だよ。「礼子さんには逆らえません。礼子さんに逆らったら、もっと酷い目に遭わされます。だから、どんなに辛くても、耐えるしかないんです。」そんな所でしょう?・・・いいよ慎治、それで。慎治、きっと今ね、慎治の心の奥底にまで、焼印が押されている真っ最中だよ。私には、逆らえない、天城礼子には絶対に逆らえない、てね・・・いいよ、それで。その腐った性根に焼き付けるがいいわ、私には、この天城礼子には、絶対逆らえない、てね。その方が都合がいいよ。慎治みたいなクズを、私が思う存分懲らしめて、思い知らせてやるにはね!
爛々と輝く美瞳に、新たな色彩が加わった。絶望、怒りに加わったその新たな色彩は、満足、だった。唾を吐き掛ける、他人の顔に唾を吐き掛ける。何回も何回も繰り返し繰り返し、思うが儘に唾を吐き掛ける。想像したことすら無い行為を遂行しながら、礼子は自分の中に新たな炎が広がるのを感じていた。快感・・・心地良さ、という炎が広がるのを。爽・・・快!目の前で、私に唾を吐き掛けられている慎治が、屈辱に身悶え泣いている。悔しくて悔しくて堪らないくせに、何もできないまま私に唾を吐き掛けられ続けて、泣いている。いい気味!いい気味・・・それ・・・だけ?違う、よね。背筋がゾクゾク泡立つのを感じている。気がつくと、慎治を上から見下ろしていた。慎治はおチビだもんね。唯でさえ167センチと長身の礼子だ、身長自体が慎治より高い。加えて唾を吐き掛けられる屈辱に、腰も膝も力が抜けかけている慎治は、一層縮こまっている。文字通り、見下ろしながら唾を吐き掛けている。だが物理的な身長差、だけの意味だけではなかった。礼子は慎治のことを、完全な上から目線で見下ろしていた。自分が高慢な顔で見下ろしているのを、確実に感じていた。断罪?制裁?懲罰?そうよね、懲らしめてやらなくちゃ。こんなクズ、徹底的に懲らしめてやらなくちゃ。クラス委員としての、優等生としての正義感・義務感・・・ハッ!違うよね!
軽く吐息を吐いた。チロッ、と美唇の間から艶めかしく赤い舌が覗いた。軽く美唇を舐めた。スウウ、ゆっくりと息を吸いながら、美唇の両端が微かに吊り上がった。夜叉の笑みが美貌を彩っていた。堪らなく残酷な気分になっている自分を、礼子はありのままに受け入れていた。素直に・・・なろうよ。認めようよ・・・この気持ち。私が今、楽しんでる、てことをさ。慎治に唾を吐き掛けて、楽しんでる、てことをさ。何度も何度も唾を吐き掛けてやった慎治の顔を、自分の唾塗れになった慎治の顔を見下ろした。堪らない優越感、堪らない快感。そして・・・堪らない満足・・・幾筋もの感情の奔流が寄り添い絡み合い、激流となって背筋を駆け巡る。これって・・・こんなことして楽しんでるだなんて、玲子と同じじゃん・・・苛めで楽しむだなんてさ、そんなの・・・私らしくない・・・私らしく、ない?その言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、思わず自分自身に失笑してしまった。ハッ!自分にウソついたって仕方ないよね。そうだよ!私、今、楽しんでいるんだよ、慎治に唾を、吐き掛けることを。慎治を辱めることを・・・楽しんでるんだよ!

礼子は、自分が扉を開いてしまったのを自覚していた。心地良く受容していた、と言った方が良いかもしれない。優等生の礼子、礼儀正しいしっかり者の礼子・・・物心ついた頃から褒められちやほやされ畏敬されてきた自分の中に、押し殺してきたもう一人の自分、甘美な激情に身を任せたがっている野獣のような自分を解き放ってしまったことを。その野獣が何を欲しているのか、答に辿り着いたことは無かった。答に辿り着くのが怖かったのかも知れない。だが今、はっきりと自覚していた。私・・・他人を苛めたかったんだ・・・唾を吐き掛けている私、唾を吐き掛けられている慎治・・・私に唾吐き掛けられてる慎治の泣き顔見てると・・・ダメ、もう止まらない・・・!全身が電流を流されているかのようにゾクゾクと疼く。快感に肌がプツプツと泡立って来ているかのようだ。うん、認めるよ・・・私、好きなんだ、辱めを与えることが。大好きなんだ、他人の心をズタズタにして踏み躙ってやることが・・・!我慢してきたけど、今までずっとずっと我慢してきたけど・・・もうダメ!一回味わっちゃったらさ・・・唾を吐き掛け辱めてやる楽しみ、一回味わっちゃったらさ・・・もうダメ!スウッと美瞳を閉じ、暫しの間俯いた。フ、ウフ、ウフフフフ・・・笑い声と共にゆっくりと顔を上げた。礼子の涼やかな美貌。その美貌は残酷な肉食獣の冷笑に彩られていた。そう・・・苛める側なんだよ、私は・・・!ウフ、フフフ、アハハハハハッ!高らかに哄笑した。そうだよ、私は苛めっ子だよ。他人を苛めるのが好きで好きで堪らない苛めっ子だよ!
で、慎治はどうなの?慎治も自覚してなかったんでしょう?自分の本質をさ。大きく息を吸い、わざとらしく美唇を動かしたっぶりと溜めた唾を、思いっ切り吐き掛けてやった。ベッ!慎治はね、こうやって私に、女の子に、クラス中のみんなが見ている前で、唾を吐き掛けられる、そんな普通の人間だったらさ、想像することもできないような屈辱与えられても、なーんにも、できないんだよね。あ、そうそう。苛められっ子、何て肩書きは慎治には当てはまんないよね。だってさ、どんな苛められっ子だってきっと、こんな風に女の子に唾吐き掛けられたりしたら、みんなが見ている前で唾吐き掛けられたりしたら、せめて逃げ出す位のこと、するよね?唾を吐き掛けられても怒らない、そんなの命のないお人形だけしかありえませんよ?分かる?ねえ慎治、慎治にだってこんなこと、十分わかってるんでしょう?私今さ、逃げ道塞いでもいないし押さえ付けて捕まえてもいないんだよ?慎治の後ろにはドアがあるじゃん、その気になれば走ってここから逃げ出せるんだよ?逃げないの?追いかけないよ、私。唾で追っ払う、ていうだけで十分な懲らしめだもん。追っかけないよ?
ウフフフフ、だけどさ、逃げないんでしょう?慎治は。そうやって黙って突っ立って、私に唾吐き掛けられるがままになっているんでしょう?ねえ慎治、唾吐き掛けられても黙ってる輩なんてのはさ、苛められた可哀想な被害者、なんかじゃないよ。そういうのはね、クズ、て言うのよ。分かる?プライドも何もなく唾吐き掛けられてるだけだなんてさ、可哀想な苛められっ子、なんて上等なもんじゃないよ?人間失格人間廃業。クズなんて人間の内には入りません。慎治はね、人間、やめちゃったんだよ?人間やめちゃったんだからさ、慎治にはもう人権も人格も、なーんにも、ありません。私が好きなままに苛めて、どんなことをして楽しんでもいい、クズヘタレです。ウフフフフ、認めないんでしょう、慎治?自分がクズヘタレだ、てこと。認めたくないよね。当然だよね。認める訳にはいかないんだよね。そんな本質、自分がクズだっていう本質なんてさ、絶対見据えたくないよね。認めたくないよね。ウフフフフ、ダメよ慎治、許してあげない。そんな現実逃避なんてさ。とことん分からせてあげるよ、自分がクズのヘタレだ、て言うことをさ。私の唾で、じっくりと教育してやるわよ!
礼子は唾を吐き掛け続けた。何回も何回も、唾を吐き掛け続けた。唾がたまると唇をすぼめ、全身で反動をつけ、踏み込むかのように勢いをつけながら、唾を吐き掛け続けた。傲然と腕組みをし、慎治を見下ろしながら何度も何度も、唾を吐き掛け続けた。礼子の読み通りだった。慎治は逃げるは愚か、最早顔を背けることさえことできずに、礼子に唾を吐き掛けられていた。礼子が唾を吐くたびに、慎治の心は壊れていった。憧れの礼子、高嶺の花、天城礼子。一度でもいい、一生に一回だけでもいいから、その美唇にキスしたい、そうしたらどんなに気持ちいいだろう、と夢想したこともある。だが、全ての希望は打ち砕かれた。礼子の美唇は、キスしてくれる代わりに、慎治に向かって情け容赦なく、次から次へと唾を吐き掛けるだけだった。
礼子の唾は、慎治の全てを否定し尽くし、僅かなプライドの全てを踏み躙っていった。慎治には最早、礼子に逆らう気力は、全く無くなっていた。なかば放心したように気を付けの姿勢を取り,馬鹿のように啜り泣きながら、無抵抗に礼子に唾を吐き掛けられていた。両手をだらんと力なく垂らし、半端に口を開き、嗚咽の声を垂れ流しながら、唾を吐き掛けられていた。慎治の精神は、どんどん卑屈になっていった。礼子の方が自分よりずっと、背が高く思えてきた。礼子に文字どおり見下ろされ、上から唾を吐き掛けられている感じさえしてきた。あ、あああ・・・ぼ、ぼく・・・は・・・ぼ、ぼぼぼ・・・ぼく・・・は・・・慎治の胸中を、あらゆるネガティブな言葉が駆け巡る。自分が礼子に貶められたのを、どうしようもなく実感していた。軽蔑され、ている・・・蔑まれ、ている・・・全てを否定し尽くされ人格の全てを焼き尽くされた慎治の精神は、無力な赤ん坊同然だった。白紙に戻された心、今まで生きてきた15年間の積み重ねを失った心に、礼子の唾は新たな公理を焼き付けて行った。疑うことなどゆるされない、絶対の公理を。礼子には逆らえない。礼子には叶わない。礼子からは逃げられない。礼子を怒らせてはいけない・・・慎治の無抵抗な精神全てが、礼子への屈従に塗り潰されていく。もう自分の意志などどこにもない。あるのは礼子への恐怖と屈従だけだった。あ、ああ、あああああ・・・れ、礼子さん・・・お、怒って、る、どど、どうしたら・・・ヒイッ!あ、そんな、礼子、さん・・・礼子、さんんんん・・・慎治の精神全てを、礼子が塗り潰していた。礼子の一挙一動にどう反応するか、どう機嫌を取り結ぶか。それだけだった。
慎治に自我など最早なかった。全て礼子の思うが儘だった。ペッ!正しいのは・・・礼子。悪いのは・・・慎治。ペッ!強いのは・・・礼子。弱いのは・・・慎治。ペッ!優れているのは・・・礼子。劣っているのは・・・慎治。ペッ!辱めを与えるのは・・・礼子。辱められるのは・・・慎治。ペッ!屈従を命じるのは・・・礼子。屈従するのは・・・慎治。ペッ!裁くのは・・・礼子。裁かれるのは・・・慎治。ペッ!刑を宣告し執行するのは・・・礼子。刑を宣告され服するのは・・・慎治。ペッ!懲らしめるのは・・・礼子。懲らしめられるのは・・・慎治。ペッ!思い知らせるのは・・・礼子。思い知らされるのは・・・慎治。ペッ!責め苛むのは・・・礼子。責め苛まれるのは・・・慎治。ありとあらゆる想いを込めて、礼子は唾を吐き掛け続けた。ありとあらゆる礼子の想いに、慎治は蹂躪され続けた。唾を吐き掛ける女、礼子。唾を吐き掛けられる男、慎治。つまりは、そういうことだった。礼子と慎治、二人の間にはもう、二度と縮めようのない格差に隔てられていた。唾を吐きかける女、礼子。慎治にどんな命令でも自由に下せる、絶対の支配者。検事にして裁判官にして執行官。弾劾し裁き刑罰を執行する、全てを意のままに執行する女。唾を吐き掛けられる男、慎治。人格の全てを失った、人間以下の虫けら。犯罪者にして被告にして受刑者。罪を暴かれ刑を宣告され刑罰に呻吟する者。礼子と慎治の身分は、僅か10分前には想像もできなかった格差に隔てられていた。その差を生みだしたものは唯一つ、礼子の唾。礼子の唾により、礼子の唾だけにより、礼子は絶対の支配者、女神へと昇華した。礼子の唾により、礼子の唾だけにより、慎治は人間以下の虫けらへと、堕し込まれてしまったのだ。

唾を吐き掛ける礼子の顔に、哀れみも優しさも、もう全くなかった。軽蔑と怒りすら既におさまっていた、礼子の美貌を彩っているのは、満足と快感だけだった。そして、礼子の変化は、クラス中に伝染していったようだった。同情から怒りへ、そして怒りから満足へ。今まではむしろ、玲子に苛められる慎治に同情していた感のあった普通の女子達も明らかに態度が変わり、礼子に唾を吐き掛けられ苛められる慎治を、いい気味、という目で見ていた。当たり前だろう。クラス中の皆が見ている前で唾を散々に吐き掛けられても、全く反抗できない情けない男。いくら唾を吐き掛けられても、「ごめんなさい、許して・・・」としか言えず、啜り泣く馬鹿。慎治の卑屈さ、意気地無さは、普通の女子達から見ても思わず唾を吐き掛けたくなる程、情けないものだった。加えてここは聖華、女子は揃いも揃って優秀な粒揃いだ。自分たちが優秀なだけに、低能無能に対しては手厳しい、凛とした子が殆どだ。最早、クラス中に慎治の味方は一人もいなくなっていた。
今、礼子は唾を吐き掛けるのを少し止めていた。う、ううう・・・啜り泣きに混じり、微かな音が教室に響いていた。ピチャッ・・・ペチャッ・・・礼子の唾が、床に垂れる音だった。鼻から頬から顎から、顔を伝った唾が糸のように、何本も何本も床へと垂れていた。顔中唾に蹂躪されていない箇所などどこにもない。顔中全てが礼子の唾でベチャベチャに濡れている。それほど大量に吐き掛けられた唾。それが床へと滴っていたのだ。「慎治、床を見てご覧。」礼子に命じられるがままに床を見た慎治は、呆然としてしまった。床に垂れた礼子の唾、それは垂れた、等と言う生易しい量ではなかった。幾つもの水溜りのように、唾が溜まっていた。その水溜りに、今この瞬間も、自分の顔から滴る唾が落ちて行き、成長させていた。池・・・唾の、池・・・こ、んなに・・・こんなに、一杯・・・吐き、掛け、られたんだ・・・つ、唾、を・・・礼子、さんに、唾、を・・・余りの屈辱と絶望に、涙が溢れるのを止めようもなかった。ひ、どい・・・酷いよ・・・こ、こんなに、こんなに・・・一杯、吐き掛けただなんて・・・
「慎治」礼子の声が響いた。静かな声だった。怒声でも罵声でもない。いつもと変わらぬ静かな声だった。声にも表情にも何の変化もなく、礼子は続けた。「唾が、垂れちゃったわ。床を汚しちゃったじゃない。きれいにしなさい。」き、れいに・・・その意味を測りかねている慎治の愚鈍さに失笑するかのように、微かな笑みを浮かべながら、礼子は命じた。「ちゃんとゆか、きれいにしなさい。私が吐き掛けてやった唾、床に垂らすだなんて失礼よ。土下座して、全部きれいに舐め取りなさい。自分の、舌でね。」淡々と礼子は命じた。声を荒げるでもなく無理矢理引き摺り倒すでもなく、ただ静かに、屈辱の清掃を命じた。「そ、んなあああ・・・あ、んまり・・・」盗み見るように顔を上げ、礼子を仰ぎ見た慎治は、思わず言葉を失ってしまった。礼子は微笑んでいた。凄絶な冷笑を美貌の満面に湛えていた。それはとらえた獲物を弄ぶ、ネコ科の猛獣の冷笑だった。そこには、嘗ての礼子はいなかった。優等生のクラス委員の礼子ではなかった。残酷な苛めっ子、辱めを与え恥辱を味合わせることに無上の喜びを感じる、残酷な女神がいた。
冷笑とともに投げつける礼子の視線は、魔眼そのものだった。惰弱な慎治の精神は、逆らうことなど想像もできず、独り言のように恨み言を呟きながら、膝を屈していた。あ、ううう・・・そんな、酷いよ・・・のろのろと、だが決して止まらずに、慎治は礼子の足元に土下座してしまった。あうううう・・・いや、だよおおお・・・やべで、よおおお・・・屈従の枕詞のように、意味のない拒絶の言葉だけを垂れ流しながら、床に口を近づける。礼子の唾が、たっぷりと溜まった唾の池が、近づいてくる。震える舌を伸ばす。ピチャッ、礼子の唾と硬いゆかに、同時に舌が触れた。う、あああああ・・・こここ、こんな、ことを・・・させられて、る・・・だが舌は止まらなかった。ピチャペチャ・・・情けない音を立てながら、舐め続ける。礼子の唾を舐め続ける。あああああ、な、なんて・・・卑しい、んだ・・・涙が止めどもなく溢れてくるのを、止めようもなかった。つ、唾、を・・・礼子さんの、唾、を・・・啜って、る・・・舐めて、いる・・・
その時、後頭部に硬い物が当たるのを感じた。その触感は、一瞬後には強烈な質量を伴っていた。ま、まま、まさ、か!そのまさか、だった。礼子は自分の目の前に土下座し、自分が吐き掛けた唾を、床に滴り落ちた唾を、舐めている慎治に向かい、何の躊躇もなく純白の上履きを履いた美脚を上げ、後頭部へと下ろしていた。ひひひひ、酷い!ひ、人の、他人の頭を、踏み付けるだなんて!踏みつけた礼子もまた、驚いていた。慎治の頭を踏み付けたのは、全く無意識の行動だった。優等生の礼子は、他人を踏みづける、ましてや頭を顔を踏み付ける等、全くの処女体験だった。だが何の抵抗もなかった。ほんの少しの驚き以外、何も感じなかった。それどころか、慎治の頭を踏み付けながら、礼子の足は右に左にと、旋回していた。アハ、アハハハハハッ!わたし、慎治を・・・踏み躙って、いるんだ。慎治の顔を、踏み躙って、いるんだ!驚きながらも礼子は、当然の如く慎治を責め苛む自分を愛おしく受容していた。蹂躪する、踏み躙る、て、こういうことだったのね。みぎにひだりに、自分の足が回転し、慎治の頭を顔を踏み躙るのを、礼子は愛おしく見詰めていた。
唾吐き掛けられただけじゃない、顔を踏み躙られてるよ・・・ざわめきと嘲りがクラス中を満たす。その空気を代表するかのように、玲子の声がした。「天城,あんた、本当にやるわねえ・・」礼子は頬を上気させながら玲子の方を振り向いた。「ごめんね、霧島さん。あなたの邪魔する気なんか全然なかったのよ。ただ、こいつが余りに情けないもんだから、つい切れちゃった。・・・構わないから,思いっきりやっちゃってよ。鞭でも,蹴りでも、何してもいいわよ。私に遠慮なんかいらないから。」「ああ、もう慎治はどうでもいいわよ。こいつ、天城に完全に壊されちゃったじゃない?それよりさ、もう一匹,壊したいゴミがいるわよね・・・」玲子の棘のある言葉に、信次はビクッと反応した。「まさか、玲子は慎治の代わりに俺を苛める気・・・」信次の背中に、昨日の痛みがリアルに甦った。唾を吐き掛けられる慎治の泣き顔が自分と二重写しになる。反射的に信次は教室から逃げ出そうとダッシュした。だが、玲子の動きは信次より遥かに俊敏だった。信次の機先を制するように進路を塞いだ玲子は、信次の鳩尾にカウンターの掌底を叩き込んだ。電光石火の玲子の動きは信次の想像の埒外だった。完全に不意をつかれ、無防備で一撃を食らった信次は内臓に染みとおる苦痛に息を詰まらせながら玲子の足元に崩れ落ちた。玲子はその頭を情け容赦なく踏み躙った。「天城が矢作を壊したように、私はこいつを壊すことにするわ。」
「慎治、土下座。」何の躊躇も何の気負いもなく、ただ当然のこととして礼子は命じた。何の躊躇もなく何の抵抗もなく、ただ当然のこととして慎治は土下座した。慎治の頭を当然のこととして踏み躙りながら、ふと礼子は自分が生まれて初めて他人の顔をふみにじっていること、それも土足で、靴を履いたまま踏み躙っていることに気がついた。だが何の抵抗もなかった。ただ当然のこととして、踏み躙っていた。
礼子と玲子は、それぞれの足元に慎治と信次を踏み躙りつつ、微笑みあった。「霧島さん,どうやら私たち,上手くやれそうね。」礼子はゆっくりと玲子に近づいてきた。そして信次の髪をつかみ、引きずりあげると昨日と同じポーズをとらせた。手近な机を鞭打ち台とする屈辱のポーズを。「本当に。礼子,あなたとなら、一緒にたっぷり楽しめそうね。」二人の美しい野獣は鞭を,支配を,加虐を通じて完全に意気投合した。玲子は顔のあちこちから先ほど礼子に吐き掛けられた唾の糸を床に垂らしながら呆然と成り行きを見つめる慎治に言い放った。「し・ん・じ・ち・ゃ・ん・・そこでいい子で待っててね。信次が私に鞭打たれて泣かされて、唾を吐き掛けられるところ、たっぷりと見せてあげるからね!!!」





「礼子、やるじゃん。私たちよりきついんじゃない?」礼子は振り向いてにっこり笑った。「悪いけど、今日から、私もこいつをいじめさせてもらうわ。構わないでしょ?」「もちろんOKよ。だけど、どうせだったら、礼子もあんたの友達みんなでいっしょにいじめた方が楽しいんじゃない?」
遠巻きにしてみていた、礼子の親友、里美が応じた。「確かに。今まで礼子に遠慮していたけど、礼子がその気なら、私たちも遠慮しないわよ。」その声に、明美、亜矢子、美佐子、真弓といった礼子のグループ、いわゆるクラスの優等生グループがいっせいにうなずいた。
「決まりだね」と亜矢子が言った。「慎治、こっちにおいで。私たちもおまえに唾を引っかけてやりたいわ」慎治の頭は殆ど空っぽだった。最早、哀願すらしなかった。慎治はのろのろと里美たちの方に歩いていった。顔中に吐き掛けられた礼子の唾が、そこかしこから糸をひくように、床に垂れていった。例えようもない、みじめな姿だった。
「唾を引っかけてやるから、来い」と言われてのろのろとやって来る慎治の姿は、彼女たちの軽蔑を更に深くさせた。余り乗り気じゃなかった明美や真弓も、慎治のこの姿を見たら、態度が豹変した。二人とも、心の底から慎治を軽蔑し、思いっきり唾を引っかけてやりたくなってきた。
慎治の前に半円を描くように、里美たち5人が慎治を取り囲んだ。そして、美佐子の「せーの」の号令にあわせ、一斉に唾を吐きかけた。5人同時の唾攻撃。最初、一斉に吐き掛けたあとは、里美たち5人は思うがままに、あるいはバラバラに、あるいは何人かがまとまって、とさまざまなやり方で思う存分、慎治に唾を吐きかけた。あっという間に、慎治は顔中、びしょぬれにされた。顔だけではなく、髪も胸も、唾だらけだった。泣きじゃくる慎治の腹を、亜矢子が思いっきり蹴り上げた。思わずうずくまる慎治を、5人は思う存分、蹴り転がした。そして、完全に立つ気力さえ失い、床に倒れ込んだ慎治の顔を上に向かせると、真弓が慎治の髪の毛を踏みつけ、動けなくした。美佐子と里見は慎治の掌を踏みつけた。完全に動きを封じられた慎治の顔めがけ、5人は思う存分、唾を吐きかけた。5人が吐く唾は、まるで雨のように慎治の顔に止め処なく降り注いだ。
髪を、掌を女の子に踏まれている。そして見下ろされ、いいように唾を吐き掛けられている。気が狂わんばかりの屈辱だった。5人とも、慎治に憐憫なんか全く示さなかった。里見の、明美の、亜矢子の、美佐子の、真弓の唇に次から次へと白い唾が見えた。「ぺっ」「テュッ」「プッ」と様々な音が次から次へと続き、慎治は際限なく、唾を吐きかけられていた。
やがて、後ろで何かを相談していた礼子と玲子が近づいてきた。顔といわず、頭から胸の辺りまで5人の唾まみれになった慎治に、二人はさらに地獄を命じた。二人の魔女が手を組んだのだ。
「慎治、四つんばいで、クラス中の女の子の間を回っておいで」「そして、みんなにお願いして、唾を吐きかけてもらっておいで。全員から唾をもらえなかったら、只じゃおかないわよ」「これから毎日、腕によりをかけておまえを苛めてやるわ。一気になんか行かないわよ。おまえが嫌がること、辛いことを一つずつ、たっぷりと味あわせてやるからね。楽しみにしておいで」
二人の命令は、慎治にとって最早絶対だった。犬のように歩きまわり、自分の前で土下座して「どうか唾を吐きかけて下さい」と哀願する慎治の姿は、このあといじめに加担しなかった子達ですら、強烈な嫌悪感を感じた、という。そして、玲子たちの思惑通り、殆どの子が程度、回数の差こそあれ、慎治に唾を吐き掛けたのだった。最早、慎治を助けてくれる者は誰もいなかった。