エリニュス 〜処刑官キリエ〜(长篇日文 酷刑 虐杀 拷问 颜面骑乘 温柔)
幕間3 その2
先に動いたのはムータロだった。
一瞬で踏み込み、エリニュスの太ももの動脈を狙い切り上げる!
しかし!
ガキィッ!
エリニュスはサーベルを抜き放ち、ムータロの斬撃をクロスガードで受けきった。
「セアアアアッッッ!!!」
ムータロはすぐさま二の太刀を継ぐ!
ガキィッ!
エリニュスはやはりそれをクロスガードで防御!
すると今度はエリニュスの反撃!
片方の剣でムータロの三日月斧を斜め下に受け流すと、空いている方の剣でムータロの喉元に刺突を繰り出す!
「くらうかッ!」
しかしムータロ、それを間一髪スウェーで回避!
そして上半身を戻す反動を使ってすぐさま反撃!
「トリャァァァァァッッッ!!!」
ガキィッ!
しかしエリニュスはやはりクロスガードで防御!
「ヌゥゥゥゥムリャッッッ!!!」
ムータロの連撃は続く! しかし!
ガキィッ!
エリニュスはやはり難なく防御し受け流すと、間髪入れず横斬りを繰り出す!
ザシュッ!
「くぅっ!」
ムータロは後ろに飛んで間一髪それを回避!
そしてこちらも間髪入れず反撃のダッシュ突き!
エリニュスはガード!
そして反撃!
ムータロは回避!
そして反撃!
エリニュスはガード!
そして反撃!
ムータロは回避!
そして反撃………
……………
………
……
†
「あ……ありえねぇ……あの二人、バケモンだ……」
隊員の一人が震える声で感想を漏らす。
いったいどのような修練を積めば、あのような域に達するというのか。
まさしく、二匹の暴風の如き剣の舞である。
隊員たちは遠間から固唾を飲んで見守るしかない。
もし自分たちがその暴風圏に立ち入ったなら、一瞬で両断されてしまうだろう。
そう思えるほどの圧倒的な剣技の応酬であった。
セヤアッッッ!!!
ガキィィィン!!!
トリャァッッ!!!
カキィィィン!!!
高らかに響く金属音。弾ける火花。
切り結び、離れ、また切り結び、また離れ、を繰り返す二人の戦士。
やがて、それはあたかも円の中でぶつかり合う2個の独楽のように、徐々に衝突の間隔を短くしながら中央に収束し始める。
そしてついに、
ガッ、キィィィィィィィン!!!
ひときわ澄んだ金属音が響き、円形劇場中央で静止しての鍔迫り合いとなる!
「うぉぉぉぉぉっっっ!!!」とムータロが唸れば!
「ふふふっ…いいぞ……愉快だ!」とエリニュスが笑う!
雷獣ビヒモスが奥歯を噛みしめる様子めいて、ギリギリと軋みをあげる金属と金属!
やがて鍔迫りが臨界点に達し、二人は同時に後方に飛んだ。
距離を取りつつも、油断なく構えて機をうかがう二人。
ここまでは互角か。
否。そうではない、見よ。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ………」
「ふふ。どうした? 辛そうだな」
一名が肩で息をしているのに対し、もう一名は汗ひとつかいていない。
打ち合っている時は見えにくかったが、戦いが長引くにつれ、その実力差が体力の消耗度合いに如実に表れてきていた。
「だが技は悪くない。ピッグスの身でよくそこまで鍛えたものだ。名を聞いておこうか」
「ハアッ、ハアッ、ムータロ…だ…ハアッ、ハアッ……」
「おや、素直に教えてくれるとはな。なら私も名乗っておこう。エヴァだ。」
エヴァは意外そうな表情を浮かべて言った。
「さて。もう少しお前と踊りたいのはやまやまだが、そろそろ仕事をさせてもらうぞ」
そう言うと、エヴァはすっと背筋を伸ばし、剣を持った両手を胸の前でクロスする体勢を取った。
そしてわずかに目を伏せて詠唱を始める。
悲運なる光と熱と力の神ニコラよ
其の生みし因果交流の変圧螺旋よ
いまここに
真空中の龍となりて
その身を我が剣に宿らせたまへ……!
ムータロは刮目した。
詠唱するエヴァの周囲に謎の風圧が発生する。
さらになんと、彼女の両手のサーベルの柄から青・紫・に・弾・け・る・光・の・龍・が現れ、刀身の周りを泳・ぎ・始めたではないか!
(あ、あれは……光の魔術? いや、そんなもんじゃない、あれは……)
ムータロの8.0の視力は、遠間からでもその正体に容易に気づいた。
エヴァの剣を覆った青紫に弾ける光の龍、それは──
「雷魔術いかずち。私の固有魔術ユニークマジックさ」
(そ、それは反則だろ……)
雷魔術。レア中のレア魔術である。
雷。それは光であり、熱であり、そして力でもある。
術者の応用力次第で、攻撃魔術としても防御魔術としても、補助魔術としても使えるという万能チート魔術だ。
やがて雷の龍は次第にその数を増やし、剣のみならずエヴァの体全体を守るように泳ぎ始めた。
「ふふ……では、狩らせてもらうぞ!」
捕食獣の笑顔を浮かべたエヴァが一瞬で踏み込み、雷撃剣を振るう!
ザシュッ!
「くぅぅぅっっっ!!!」
ムータロはそれを間一髪バク転で回避!
しかしエヴァはすぐさま第2撃!
ザシュウッ!
「あぶっ!」
ムータロはやはり間一髪回避!
第3撃!
ズヒュッッッ!
「あぶなっ!」
ムータロはギリギリ回避!
「ははははは!!! どうした、逃げてばかりでは勝てんぞ!!!」
息つく暇もないエヴァの連撃!
ムータロはその雷撃剣の嵐を懸命に回避する!
この剣に斬られるのは論外、掠っただけでもダメ。
もちろん、三日月斧で受けてもアウトだ。つまりこれは、
(くそがっ、避け続けるしかないってことか!!!)
純粋な剣術の技量の差。それに加えて、この反則的な雷魔術。
ムータロの胸には徐々に焦りが生まれ始める。
「先ほどまでの威勢はどうした? もう逃げることしかできんのか?」
(うるせえよ! 自分ばっかり雷魔術なんて反則技を使いやがって!)
エヴァの挑発に脳内で答えながら、ムータロは懸命に回避を継続!
同時に心の一部では冷静に戦術を検討している。
いかにすれば、自分がエヴァを倒しうるか。
彼の脳裏にはいま、4つのシナリオが浮かんでいた。
①雷ダメージ覚悟の近接攻撃。
②距離を取って三日月斧を投擲。
③倒せない。尻尾を巻いて逃げる。
④倒せないし、逃げられない。エヴァに遭遇した時点で既に命運は決している。自分は管理局に囚われ、噂に聞く壮絶な処刑を受けることになる。
(この中だと、④は論外だ。となると……)
①ダメージ覚悟の近接攻撃
これを試みた場合、最高の結果でも相打ちとなる。
エヴァに武器がわずかでも触れるということは、ムータロ自身の感電を意味するからだ。
だが現実的には相打ちすら厳しいだろう。
エヴァの剣の技量はそれほどまでに圧倒的だ。
②距離をとって投擲攻撃
これも却下だ。近接攻撃ですら厳しいのだ。成功の見込みはほぼないだろう。
③尻尾を巻いて逃げる
……口惜しいが、現実的にはやはりこれか。ひとまず今は戦術的に撤退し、復讐の機会を待つのだ。
(…よし、結論は③だ。遺跡外に通じる地下通路の入り口は…あの向こうだったな)
ムータロはちらりと方向を確認すると、次の瞬間、エヴァに背を向けて全速力で疾走を開始!
彼の進路上には円形劇場の壁面。
地下通路へ向かうには、これを飛び越えてその上を走っていくのが最短ルートだ。
「うおおおおおおおっっっ!!!」
ムータロは気合いの雄叫びとともに、三日月斧を使って棒高跳びジャンプ!
(よし、いけるっ!)
ムータロは心の中で成功を確信!
しかし!
(ん? あれは…?)
逆さまの視界の隅に映ったのは、遠間で剣を振りかぶるエヴァの姿。
ムータロは嫌な何かを予感する。
そしてそれは的中した。
エヴァの剣が振り下ろされると、なんと、剣が纏っていた雷が雷球と化して放たれたのだ!
(やっ、やべええっっ!)
加速する意識の中、スローモーションで迫る雷球!
そしてやはりスローモーションで上昇していく自分!
このままでは、それら二つの運動体は進路上で交差してしまう!
(あああ! だめだあああああ!!!)
ムータロは手足をばたつかせて懸命に空気を掻き、なんとか衝突地点を回避しようとする!
しかし無情の物理法則が、彼にそれを許さない!
そしてついに──
バヂィィィッ!
という音とともに雷球がムータロの全身に覆い拡がる!
そして電流処刑のごとく数億ボルトの超高電位差を発生!
ズガガガガガガガガッッッ!!!
「ぴぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
ムータロは青紫色にスパークしながら空中で数秒間悲鳴!
そしてどたっと地面に落下!
プスプスプスプス…………
撃墜されたムータロは仰向けに硬直し、白目に血涙を浮かばせながらピクピク痙攣!
さらに目や耳や口、全身の穴という穴からはプスプスと白煙!
「あぼっ、ぼぼっ、ぼっ、あぼぼぼっ………!!!」
「惜しかったな」
エヴァは長いストライドで歩み寄ると、痙攣を続けるムータロを見下ろし、涼しい顔で声をかけた。
だがムータロの返事は──
「あぼぼぼぼぼぼぼぼぼ………!!!」
「いい狩りだった。久しぶりに痺れたぞ。お前もだろう?」
それは現在進行形で痺れている者に対しては、無用の問いであった。
ムータロの返事はもちろん──
「あぼぼぼぼぼぼぼぼぼ………!!!」
「ふふっ、訊くまでもないよな」
エヴァは自らの問いに自ら突っ込みを入れると、痙攣するムータロの傍に跪き、その頭を優しく撫でたのであった。
†††
かくして、レジスタンスの闘士ムータロは管理局の虜囚となった。
雷撃で気絶したその顔は、思いのほか安らかな寝顔である。
しかし彼は知る由もない。この後に待ち受ける、想像を絶する処刑を。
第五章 Act.1 作戦会議
ムータロ処刑開始から四日目。
管理局地下7階、受刑者拘留室ゲストルーム。
「ちょっとだけちくっとするよ……ごめんね」
キリエは、左手に構えた注射器を慎重な手つきでムータロの腹部に射った。
親指に少しずつ力を込め、解熱薬を注入していく。
「ンアア……!」
「もう少し……頑張って」
針の小さな痛みにうめき声を漏らすムータロを、キリエが優しく落ち着かせる。
やがて薬液が全て注入され、注射器が空になる。
「よし、ひとまずこれで大丈夫かな……」
キリエはほっと一息つく。
先ほど彼女が受刑者拘留室ゲストルーム入室した時、ムータロは介助用ベッドの下に落下している状態だった。そこでか細い泣き声をあげ、あらゆる液体を垂れ流しながら震えていた。キリエは慌てて駆け寄ると、まず外傷の有無を確認し、続いて熱を測り、すぐさま解熱薬を注射したのだった。
「ごめん……わたし、またベッド高くしたままだった…」
キリエは、低く設定しなおした介助用ベッドに横たわるムータロに謝る。
彼の小さな体は、まさしく見るも無残な状態だ。
根元からの四肢切断、全抜歯、強制肥満化、無毛化および男根成形された頭部、全身に残る鞭痕、腹を縦断する切開縫合痕……。それらは、あまりにも残酷な人体改造刑術の痕の数々であった。
「お腹が化膿したのは縫合が甘かったせいだ…… 本当にごめん、熱で脳障害が起きてなければいいけど……」
しゃがみこんだ姿勢でベッドに肘をつき、頭を抱えるキリエ。
何故こうなってしまったのか?
何が悪かったのか?
そんな、やるせ無い思いが胸をかき乱す。
だがそれは誰のせいにもできない。
なぜならムータロに──自らの双子の兄に、このような残酷な人体改造刑を施したのは、他ならぬキリエ自身なのだから。
「……悔やんでも仕方ないよね。私がいま出来ることをしなきゃ……」
キリエはムータロの体を拭き、オムツを交換した。
次いで顔中の涙や鼻水や涎を丁寧に拭う。
そして全身に残る鞭痕を、繊細な長い指で、慈しむように優しくなぞった。
「ンアア……アッ……!」
指先でなぞられるのがくすぐったかったのだろうか、ムータロは小さく悶えた。
「大丈夫だから…もう痛いことも辛いことも何もないから…」
キリエはムータロに毛布をかけると、その上からごく軽く拘束帯をかける。
ベッドは低いが、落ちないように念のための措置だ。
「じゃ、また明日来るからね」
そう言ってキリエは、ムータロの額にくちづける。
本当はこのまま一晩中介護したいのだが、今夜はムータロ救出に向けての作戦会議がある。
キリエは立ち上がり、もう一度、苦悶の表情で涙を流し続けるムータロの目をまっすぐ見て、力強く告げた。
「待ってて。わたしが、必ず助けるから」
†††
夜。
王都郊外のキリエ実家。
「当日の段取りは以上です。何か質問はありますか?」
説明を終えて顔を上げたキリエが、テーブルを囲んだ皆に問いかけた。
「わしは特に」
「いいと思うわ」
「やるしかねえか……」
祖父。
マーガレット。
トーマス。
そしてもちろんキリエ。
不思議な運命の巡り合わせによって、彼ら4人は共犯者となった。
管理局に囚われたレジスタンス──キリエの双子の兄、ムータロを救出するのだ。
決行は明日。
計画はシンプルだ。
まず、キリエがムータロを仮死状態にし、処刑完了報告を行う。検分が終わった遺体は遺体袋ボディ・バッグに入れられ、管理局外の埋葬場へ獄司によって輸送される。その際、獄司トーマスが遺体袋ボディ・バッグをダミーの袋と取り替え、本物はあらかじめ決めておいた場所へ隠す。退勤したキリエがトーマスと合流し、ムータロを拾ってそのまま実家へと連れて帰る。その後、キリエが蘇生処置を施す。
「なあ、一個質問いいか」
「ええ」
「俺と合流する必要あるか? アンタが拾ってそのままここに連れて帰ればいいんじゃないのか?」
トーマスの素直な疑問。
キリエは少し決まり悪そうに答える。
「それは……兄は今、体が重くて。私だとちょっと……」
つまり俺が持てってことか。
トーマスは心の中で舌打ちしたが、言葉にはしなかった。
今のような状況でゴネても何もいいことは無いのだ。昨日、彼はそれを身に沁みて知った。
トーマスはポーカーフェイスで「わかった」と軽く頷いた。
だが、彼の祖母は敏感に孫の内心を察知した。
「トーマス。あなたは女の子に重労働させる気なのかしら?」
「そ、そうじゃねえよ。ただの確認だろ」
トーマスはあわててフォロー。
しかしマーガレットは容赦無く追撃。
「此の期に及んでまだ腹が決まっていないのね。それに、女の子に意地悪する男は最低よ。そうよね、キリエちゃん?」
と、キリエに同意を求めるマーガレット。
昨日と同じ口撃パターンである。
また女二人の連携攻撃が始まるのか。
そう思ってうんざりするトーマスだったが、キリエは意外なことを言った。
「マーガレットさん、ありがとうございます。でも、トーマスさんに嫌われてるとしたら、それは私に原因があります」
キリエの言葉に、トーマスは軽く面食らう。
マーガレットでさえ、さすがに驚いている様子だ。
微妙な空気が場に満ちたが、キリエは構わず自分の言葉を続けた。
「トーマスさん、その節はいろいろ無礼な態度を取ってしまってすみませんでした。水に流してとは言いません。それに、こんなことを手伝わせてしまって、本当に申し訳ないです。でも明日だけはどうか、どうかよろしくお願いします」
と、キリエはトーマスの手を両手で握り、まっすぐ彼の目を見て言うのである。
至近距離で見る、あまりにも美しいその面差し。
トーマスはたじろぎ、思わず目をそらしてしまった。
それから顔を真っ赤にして、かろうじてこう答えを返したのだった。
「あ、ああ、大丈夫だ。まあ、その…………俺に任せろ」
第五章 Act.2 お世話モード
結論から言えば、ムータロ救出は成功した。
決行前こそヒヤヒヤだったが、終わってみれば、危ないと感じるような場面はほぼなかった。
唯一、処刑完了確認の際に、監獄の事務局担当者が「今回は珍しく早めに終わらせたんですね」と訝しんでいたが、それ以外は特に見咎められるようなこともなかった。
キリエは何食わぬ顔で退勤すると、程なくトーマスと合流し、ムータロの遺・体・袋・を麻袋に入れ、そのまま賃貸馬車タクシー停留所へ向かった。そして王都郊外で賃貸馬車を降りると、そこからはまた徒歩でキリエ実家まで歩いた。
要約するとこのような感じで、拍子抜けするほど何事もなく、あっさりと救出作戦は成功したのだった。
だが。
いま、ムータロのベッド脇の椅子に座るキリエは複雑な表情だ。
ムータロを救出できたこと自体は、もちろん喜ばしいことだった。
だが、そ・れ・に・伴・っ・て・必・然・的・に・発・生・せ・ざ・る・を・得・な・か・っ・た・あ・る・イ・ベ・ン・ト・が、彼女の心を大いに動揺させていた。
管理局からムータロを救出し、実家に連れ帰る。ここまではいい。
しかし、連れ帰った先のキリエ実家には、祖父とマーガレットが待っている。
それにトーマスも含めた彼ら三人に、無・事・に・帰・還・し・た・ム・ー・タ・ロ・の・姿・を見せないわけにはいかない。
それはキリエにとって、これまでの人生で最も困難な瞬間の一つとなった。
麻袋の中から現れたムータロを見た時、トーマスは顔を背け、マーガレットは目を見開いて手で鼻と口を覆い、祖父はその場で力が抜けたようにわなわなと膝をついた。
根元からの四肢切断。
全抜歯。
超肥満化。
腹部切開痕と縫合痕。
切除された耳。
男根状に成形された無毛の頭部。
全身の鞭傷痕、針刺し痕。
もはや人の形すらも怪しい、グロテスクな肉塊。
そんなムータロを目の当たりにして、全員が言葉を失っていた。
キリエはいたたまれなかった。
矮小な例えになるが、幼年学校のホームルームで教師から吊し上げを食らったいじめっ子の心境、それのやばいバージョンとでも言えばいいのだろうか。
恥ずかしく、申し訳なく、とにかく早くこの場が終わって欲しい。そんな気持ちだった。
祖父。
マーガレット。
そしてトーマス。
彼らに対していつも、表面的には真人間のように振舞ってきた自分。その裏の姿が、こうして明確に白日の下に晒されたのだ。彼らは明日からどんな態度で自分に接してくるだろう。また自分はどう接すればいいだろう。
トーマスには軽蔑されるだろうか。
マーガレットには幻滅されただろうか。
祖父からはどんな言葉を投げられるだろうか。
その場では誰もキリエを責めようとしなかったが、かえってそれが辛かった。
とはいえ、安易な涙や謝罪に逃げることはしたくない。
そう思ってキリエは、ただ黙してその場を忍んだのだった。
祖父はよほどショックを受けたと見え、膝をついたまましばらく立ち上がれない様子だった。彼の痩せた背中は、木枯らしに打ち震える冬の枯れ枝のようにか細く見えた。それを見たとき、キリエは改めて、自分が今まで何をしてきたのかをちゃんと見たような気がした。
†
「はい、あーん……」
ベッドで膝枕したムータロの口にスプーンを近づけるキリエ。
メニューは人参のミルク煮だ。これなら全抜歯されていても食べやすいし、滋養にもいい。
ムータロは”はむっ”とスプーンを口に含む。
スプーンが抜き取られると、舌と硬口蓋で人参を押しつぶすように咀嚼を始める。
もにゅもにゅ…
もにゅもにゅ…
「おいしい?」
「んあ」
キリエが優しく問いかけると、ムータロは満足げな表情を浮かべて赤・ち・ゃ・ん・言・葉・で返答する。
救出してからムータロはずっとこの調子で、ろくに言葉らしい言葉を発していない。フェロモン香水の幼児化作用かとも思われたが、昨日今日はつけていない。やはり懸念したとおり、感染症の発熱で頭がやられてしまっているようだった。
(私のせいで……なんとか治療を考えないと……)
時刻は夜の11時を回っている。
マーガレットとトーマスが帰ってから、キリエはつきっきりでムータロを介護している。
祖父は老齢に加え、ショックで気疲れしていたこともあり、自室で早めに横になった。
「ン、ごちそう様だね…」
ムータロが食べ終わると、キリエは食器をベッドサイドテーブルに戻すため、膝枕の姿勢のまま上体を前屈して手を伸ばした。するとそれによって太ももと胸でムータロの頭を挟み込む格好になった。その時、
はむっ
(ん?)
胸に不思議な感触を覚えたキリエが視線を下げると、なんとムータロがキリエのブラウス越しのおっぱいを”はむっ”と咥えているではないか!
「ひゃっ! ちょ、ちょっと!」
キリエは慌てて体を起こし、ムータロの唇から胸を避難させた。
「な、何するのよ、もう!」
ベッドから立ち上がり、思わず叱責してしまうキリエ。
「んああ……んあああ……!」
するとムータロは顔をくしゃくしゃにして、哀れを誘うような泣き声をあげた。
「あ……ご、ごめんね……怒ることなかったよね」
ムータロの泣き顔を見てクールダウンしたキリエは再び膝枕の態勢をとった。
そして彼の頭を優しく撫でながら、幼子に言い聞かせるような口調で言った。
「でも……わたしたち血が繋がってるんだからさ。なんていうか、そういうことって良くないよね…?」
キリエがそう言うと、ムータロは口をへの字に歪め、いかにも不満げな表情を作った。
そして「……んああ!」と不服の返事!
「や、だってさ…… 第一その……わたしのはなんていうか、まだ準備中というか……」
キリエはやや恥じらいげに言う。
それでもムータロは、断固として口をへの字に曲げ、キリエの胸から視線を逸らさない。
そして「……んああ!」と再び不服の返事!
「い、いやいや、そう言われても…… だって私のおっぱい、こんなに小さいし……」
キリエは頬を朱に染めて言う。
しかしムータロは断固として、
「……んああ!」とやはり不服の返事!
「んああ、って言われてもさ……」
「……んああ!」
……………………
……………
……
(はあ……もう、仕方ないか)
ムータロの要求が断固として変わらないのを見て、キリエは観念した。
それにこうなったのは全て、自分の蒔いた種だ。結果は自分が刈り取らねばならない。
「じゃ…少しだけだからね」
キリエが言うと、
「んああ!」ムータロは歓喜の返事!
キリエはためらいがちにブラウスのボタンを開けていく。
ブラジャーを外すと、ふたつの控えめな白い果実がそこに現れた。
「えーと……本当に吸うの…かな?」
体の前で腕を組んで胸を隠したキリエが、最後の抵抗めいて再び確認するが、
「んあっ!」
ムータロは膝枕の体勢から元気よく返事!
「じゃあ、あの、出ないかもだけど……」
キリエはムータロの頭を抱き、自らの胸にためらいながら近づけていく。
「んああ………」
要求が叶えられることを察したムータロは、地蔵のごとき平安に満ちた表情を浮かべ、キリエの手に完全に身を委ねている。彼の顔が少しずつキリエの胸に近づいていく。地蔵の表情に変化は無い。だがその距離が10cm程に近づいた瞬間、それは起こった。
「んああ!」
ムータロは急に表情を変えたかと思うと、魔蟲クリオネが獲物を捕食するかのような勢いでキリエの乳房に飛びついたのである!
チュパム!
「ひゃっ、ひゃうぅぅっっっ!」
キリエは驚いて悲鳴!
さらにムータロは、口に含んだ乳首を激しく吸引!
チュウウウウウウウッッッ!!!
「あっ、あっ、あいたたたっ! ちょっ、お兄さん、いいい痛いんですけど!!!」
そのあまりに強い吸引力に、軽くパニックを起こすキリエ!
しかしムータロはキリエの悲鳴など意に介さず、頬が内側にへこむほどの超吸引力で全身全霊で吸い続ける!
チュウウウウウウウッッッ!!!
「いっ、いぃぃぃっっっ! や、やだっ、もうちょっと優しくっ…… あっ、ああああっっ!!」
チュウウウウウウウッッッ!!!
「あぃぃぃぃっっっ、痛いって! ほっ、ほんとちぎれちゃうから! あっ、あああっ!!!」
チュウウウウウウウッッッ!!!
「ひぃぃぃぃぃ………………!」
チュウウウウウウウッッッ………
チュウウウッッッ………
チュウウッ………
…………
……
と、こうして思いもよらない形で、キリエは今日、人生初授乳を経験したのであった。
†
「さ、そろそろ寝ましょうね」
キリエは優しくムータロに毛布をかけた。
乳首にはまだ吸引の疼きが残っている。
先ほどの授乳は思いのほか激しいものとなってしまったが、おかげでムータロも満足したらしく、すっかり大人しくしてくれている。
時刻は深夜に掛かろうかという頃合い。
そろそろ寝なければ明日が辛い。
ムータロが大人しいうちに、早く寝かしつけなければ。
こんな時には、ちょうど良い魔術があった。
キリエはすうっと息を吸い、目を閉じる。
そしてその整った小ぶりな唇を開くと、そっと歌い出した。
瞼を閉じて 雷鳴はもう
世界の外側 悲鳴はもう
何にもない 世界の外側
痛みのない
心配のない
笑顔のない
苦労のない
何にもない 静かな穴へ
雷鳴はもう 世界の外側 何にもない 静かな穴へ
凛とした、かつ、どこか少女的柔らかさを含んだキリエの声質。
歌われたのは、古くからあるポピュラーな子守唄マザーグースだ。
そこはかとなく哀愁を帯びた、聴くものを鎮静チルアウトに誘う歌詞とメロディ。さらに、キリエは歌と同時に、”聖なる1/fホーリーフラクチュエーション” という魔術を併用している。これは、音声に対してある種のノイズを付加することによって、聞く者に鎮静作用をもたらす、というものだ。
キリエは、ムータロの頭に手をやり指でトントンとリズムを取り始める。
これも鎮静に効果的だ。
瞼を閉じて 雷鳴はもう
世界の外側 悲鳴はもう
何にもない 世界の外側
痛みのない
心配のない
笑顔のない
苦労のない
何にもない 静かな穴へ
雷鳴はもう 世界の外側 何にもない 静かな穴へ
(ン、眠ったかな…)
ムータロの瞼が落ち切ったのを見ると、キリエは腰掛けていたベッドからそっと立ち上がる。そして静かな足取りでドアにたどり着くと、そのノブに手をかけた。
だがその時だった。
「……んああ」
(うげっ……)
キリエは心の中で舌打ちした。
ムータロが再びぐずり始めたのである。
若干うんざりしながら、彼女はムータロの方を振り返る。
「どうしたの……? また眠れないの?」
キリエは再びベッドに腰掛けると、彼の要求を読み取ろうと試みる。
「またおっぱいが欲しいの?」
「…………」
「じゃあ、おしっこが出る?」
「…………」
「えーと、うんちかな?」
「…………」
キリエは再三問いかけるが、ムータロは不服の表情で沈黙!
(んもう……いったい何だっていうのよ……)
キリエは軽く途方にくれる。
するとその時。
「んあああ……!」
ムータロが突然顔をしかめたかと思うと、埋没処置タートルネックされた首を懸命に回し始め、ベッドに腰掛けるキリエの太ももの付け根のあたりに顔を向ける体勢をとった。
キリエはムータロの視線を追った。
「え、なに…? 私のズボンに何かついてる?」
さらにムータロの視線を注意深く追う。するとどうやら彼は、キリエの股間に顔を向けるべく努力しているようだった。
キリエはピンときた。ムータロが欲しているものはおそらく……
「もしかして、フェロモンが欲しいの?」
「んあっ!」
キリエが尋ねると、案の定、ムータロは元気よく返事!
「ごめん。それはさすがに駄目。あれは脳に作用しちゃうから……」
「んっ、んぁぁ……んんあああああ!!! んっ、んあああああっっっ!!!」
キリエが拒絶すると、ムータロは慟哭!
「ああん、そんなに泣かないでったら。ね、いい子だから……」
「んあああああ!!! んあああああっっっ!!!」
(ああもう仕方ない、こうなったら……)
「駄目なものは駄目なの。聞き分けなさい。それともこっちがいいのかな!?」
先程までと打って変わったキリエの硬い声音。
彼女の手に構えられた注射器を見た途端、ムータロはピタリと泣くのをやめた。
「どう? ちゃんとおねんねしない悪い子には、痛ーいお薬だよ!?」
「んぁぁ、んぁぁ……!」
ムータロはか細い声で”いやいや”と首を振る。
「じゃあちゃんと寝る?」
「……ん、んぁぁ」
ムータロは、希望が叶えられないことを泣く泣く受け入れた幼児のような顔で、肯定の「んああ」を返した。
「ン、いい子。怖いこと言ってごめんね。さ、疲れたでしょう……今日はもうおやすみなさい」
キリエは再び優しい声に戻り、ムータロの頬を愛撫する。
そのまましばらく撫で続け、今度こそムータロが眠ったのを確認すると、キリエはベッドから立ち上がった。
(……ふぅ。まったく……)
子・供・を寝かしつけるのがこんなに大変なことだとは。
世の中のお母さん達の苦労が少しわかった気がする。
キリエは後ろ手で静かにドアを閉めると、長い息を吐いた。
だがほっとした瞬間、ある疑問に思い当たった。
(てか、”聖なる1/fホーリーフラクチュエーション”で鎮静チルアウトさせたはずなんだけどな。なんであれでばっちり眠ってくれなかったんだろ。私自身も疲れてるから、術の効きが弱かったのかな)
キリエは魔・術・の・効・き・の・弱・さ・を怪訝に思ったのだが、この時はまだ、特にそれを気に留めることは無かったのだった。
【番外編】インタビュー・ウィズ・エリニュス
王都のレアな職業の人々にインタビューし、その内容をお届けする連載企画<ニッチな人々>。第9回目の今回はピッグス管理局の処刑官、キリエ・ポットベリーさんにインタビューを敢行した。
泣く子も黙るピッグス管理局。その中でも処刑官と聞いて何をイメージするだろう。僕が最初にイメージしたのは、血まみれの人皮エプロンと仮面、手には肉切り包丁を携え、薄暗い地下室で不気味に佇む筋肉もりもりの変態大男だった。(※当初は苗字だけを聞いており、まさか女性だと思わなかったのだ)
しかしインタビュー当日、胃痛を堪えながら恐る恐る管理局にお邪魔した僕の前に現れたのは、前述のイメージからは程遠い、エリニュスの超超超絶美人さんだったのである。(※それはそれで圧倒されてしまった訳だが)
見上げるような長身に、長くたおやかな肢体。白皙の美貌、癖のない美しい黒髪、切れ長の瞳、細く通った鼻筋、整った小さな口元。香水なのか、ほのかに漂う甘い香り。
文字でしかお伝えできないのをつくづく残念に思う。そのくらいの超絶美人さんである。
そしてそんな彼女が、思いのほか柔らかな声で、処刑官という特殊な職業について、言葉を濁すことなく率直に語ってくれたのが今回のインタビューだ。
それでは、<ニッチな人々>第9回、管理局処刑官キリエ・ポットベリー。
この記事で少しでも管理局処刑官という職業について、そして何より彼女の人となりが伝わってくれれば幸いだ。
聖歴1010年4月某日 インタビュアー記
†
──本日はよろしくお願いします。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
──いや… すみません。まさかエリニュスの方だとは思っていなくて。インタビュー以前にもう、美しさに圧倒されちゃってます……
「あはは(笑)、お上手」
──や、でもほんとに意外でした。ピッグス管理局の処刑官と聞いて、なんて言うかこう、すごい感じを想像してましたから。
「やっぱりみなさんそう思いますよね。でもわりと同僚の処刑官のみんな、見た目は普通な感じが多いですよ」
──そうなんですね。ちなみにキリエさんは女性ですが、他にも女性はいるのでしょうか?
「第七監獄には5人の処刑官がいるんですが、女性は私だけです。管理局全体でも私だけだったと思います」
──やはり少ないんですね。そもそもなんですが、管理局の処刑官とはどんなお仕事なのでしょうか? 馴染みのない読者の方が多いと思うので、簡単にご説明いただけますか?
「はい。ピッグス管理局には大きく二つの本部があります。一つは監督本部で、これはピッグスたちを社会でどう取り扱うかを統括する本部になります。もう一つが取締本部で、労働ピッグスやレジスタンスピッグスの取締を統括しています。処刑官は後者に属していて、捕らえたレジスタンスの処刑を専門におこなっています」
──処刑を専門にするというのもなかなか、と言う感じがしますが。
「処刑の意義は、ひとつは抑止力としての側面があるんです。凄惨な処刑を行なうことで、レジスタンスなんかに入るとこんな風にされちゃうんだよ、ということをピッグスたちに知らしめるという。もうひとつは、処刑によって大衆の処罰感情を満足させるということです。そういうガス抜きをすることで、罪のない労働ピッグスたちに謂れのない暴力が及ぶのを防ぐ、という目的もあります。処刑が苛烈であればあるほど、それらの目的に寄与することになりますから、そういった観点で専門職が設けられています」
──なるほど。実際の処刑内容はどういったものなのでしょう?
「刑の手法は処刑官によって様々です。私の場合でいうと、ドン引きされる前提で言っちゃいますけど、外科手術による人体改造です。具体的には──あ、掲載が難しかったらカットしてくださいね──最初に手脚を切断して逃げられないようにして、歯も抜いて抵抗を完全に封じます。そのあとは色々ですが、針を刺したり、お肉を削いだり、皮を剥いだり、強制的に太らせたり、穴を開けたり、削ったり、切開してみたり、受刑者の体力や苦手なポイントなど、総合的に見極めながら処刑メニューを組みます。ピッグスのレジスタンスってみんな鍛えていい体してて、それに誇りを持ってる人たちなんです。だから体を削られるのが彼らには一番こたえるんですね」
──(内容に衝撃を受けて沈黙)
「ごめんなさい、生々しすぎましたね。あの、大丈夫ですか?」
──すみません、大丈夫です。ちょっと僕には衝撃と言うか。それってやっぱり麻酔とかって……
「無しです。むしろ感覚が鋭敏になるお薬を投与しながら処置します」
──うわぁ…… あの、刑を受けている時の受刑者ピッグスたちはどういった様子なのでしょうか……?
「それはもう、みんな狂ったように大泣きですよ。最初に手脚を切断するから絶対に逃げることはできませんし、それをさらに処置台にギチギチに拘束されて、何の抵抗もできず、失神することも許されず、1日8時間、長ければ丸1日通して、じっくり7日間に渡って体を処置されるんですから。たまに頑張り屋の子もいますけど、そんな時は私も本気を出しちゃうので、結局は余計にたくさん泣くことになります」
──聞いているのが辛いです…… 外科手術、とおっしゃいましたが、簡単なことではないですよね? 何か練習されたりとか。
「あ、王立医術大学セント・フローレンス出身なんです、私」
──なんと。お医者さんになろうとは思わなかったのですか?
「うーん、思わなかったですね(きっぱり)」
──その処刑期間中、さきほど伺ったような、非常に壮絶なことをピッグスたちに対しておこなう訳じゃないですか。そんな受刑者たちにどんな気持ちで接しているのでしょうか?
「意外かもしれませんが、”お母さん”のような気持ちなんです。彼らのことが憎いとか、醜いとか、そういうのは私の場合は全然なくて。むしろ”可愛いな”とか、”頑張ってるな”とか、”世話の焼ける子だな”、とかそういう気持ちですね」
──お母さんのような気持ち。だが実際に行うことは”処刑”である、と。
「はい。ひとつ例え話をしますね。子供の頃って──特に男の子は──虫を殺すじゃないですか。しかも簡単に潰すとかじゃなく、足や羽を捥いだりしながら。私は女ですけど、子供の頃からそういうのがすごいあって。あれってべつに虫が憎い訳じゃないんです。どちらかというと”愛でる”感覚のほうに近いと思う」
──僕は男ですが、確かに子供の頃は虫を殺した覚えがあります。でも”愛でる”というよりは、何だろう、”征服感を楽しむ”みたいな感覚だったと思うんです。
「そこは多分、男の子と女の子の違いなのかな。きっと人間の深いところにそういう嗜虐的衝動があって、それ自体は男女関係ないんだけど、それの”感じ方”が男と女で違うって気がします。私たちが自分の認識や思考を意識する前段階に、生物的な男女っていうフィルターがかかってて、だから同じもの見ても、男の子は”カッコいい”って言うけど、女の子は”可愛い”って言う、みたいな? ごめんなさい、なんだか聞いたふうなこと言っちゃってますよね」
──いえ、なんとなく腑に落ちる話です。その”愛でる”というか、受刑者を可愛いと感じるのはどんな時なんでしょう?
「朝、受刑者を処置室に連行するんですが、その途中で(恐怖で)泣き始めちゃう子がいて、それは見てて可愛いですね。1日の刑を受け切ってくれた後なんかも、可愛いというか、愛おしさみたいなものを感じます。よく頑張ったねって。あとは膝枕でご飯を食べさせてる時とかですかね」
──ほんとに”お母さん”みたいな感覚なんですね。
「はい。ときどき可愛さが限界を突破しちゃって、添い寝して抱き枕にしたりとか」
──そこまでですか(驚)
”可愛い”という意味で、これまでで一番印象に残っている受刑者はいますか?
「そうですね……(と言ってしばし考え込む)。最年少で、7歳の子がいたんです」
──7歳! って、あの、処刑したんですか…?
「はい。最終的には。でもさすがに、可哀想なことはしませんでしたけど」
──答えを聞くのが怖すぎるんですが、どんな処刑だったのでしょうか?
「その子にはほんとに、刑罰的なことは何もしてなくて。本当にただ、お母さんみたいな感じになってました。ご飯を作って食べさせてあげたり、体を洗ってあげたり、添い寝したり、本を読んであげたり。でも処刑期間は最大でも七日間なので、その最終日に麻酔で安楽死させました。苦痛はなかったと思っています」
──刑罰的なことをしなかったのは、やはり相手が子供だったから?
「そうです。いくらなんでもこんな子にって。私、これでも結構子供は好きで」
──それを聞いて少しだけ安心しました。次の質問ですが、処刑するうえでのこだわりとかって、何かありますでしょうか?
「心身両面を完膚なきまでに改造してあげたい、という思いがあって。体は簡単なんです。物理的に処置していけばいいので。でも心は難しい」
──と、言いますと?
「受刑者の精神を、完全に私で埋め尽くしたい。仲間のレジスタンスのこととか、他のすべてのことを考える余地もなくなるくらい。理想としては”赤ちゃん”にしてあげたいんです。赤ちゃんって、母親イコール世界の全てだと思うんです。そういう状態に導いてあげたい。そのためには、ただ厳しい処刑をするだけじゃダメなんですよね」
──具体的にはどのような。
「まず私、刑の時間以外は、受刑者に対してめっちゃ優しいんですよ。さっき言ったような、膝枕でご飯を食べさせたり、眠りにつくまで頭を撫でてあげたり、身の上話を聞いてあげたり。体を拭いたり下の世話とか、甲斐甲斐しく世話を焼いて。あとはなんて言うか、女性であること、エリニュスであることの強みを生かすというか」
──女性であること、エリニュスであることの強み、ですか。
「はい。ピッグスって、なぜか女性の脚に性的な執着を示すことが多いんです。これは統計的にわかっていて。で、私は女でエリニュスで、自分で言うのもなんですけど結構な美脚でして。だから処刑の時の衣装も、脚を強調するような、結構攻めた感じのものを着たりして」
──ピッグスたちにとって、キリエさんは恐怖の対象であると同時に、欲情の対象でもあると。
「これは本で読んだんですが、男の子にとって最初の性的欲望の対象は母親である、という研究もあって」
──なので”母親”、ということですね。なるほど。いままでで、それがうまくできたと思った瞬間はありますか?
「それに近いと思うようなのは一度ありました。その受刑者はもう処刑期間の終盤で、肉の塊が泣き声をあげてるみたいな状態だったんですが、その子が、処置の最中に射精したんです」
──射精。
「はい。その時は私も驚いてしまって。気持ちいいの? と聞いたら、本当に気持ちよさそうに笑ったんです。確か、その処置の最中に10回以上射精したと思います。強い痛みを与えるたびに、とても気持ちよさそうにするんです」
──正直、もう理解を超える世界です……
「ふふ(笑)」
──では逆に、これは絶対にしない、って心がけていることはありますか?
「刑の時間以外は受刑者に危害を加えないということですね。私は嗜虐的なことは好きですけど、野蛮なことは嫌いなんです。あまり説得力は無いかもしれませんけど」
──や、そんなことないですよ。こうしてお話ししてると、ご自身は抑制が効いてるし、普通の人以上に普通というか、そんな感じしますもん。話の内容はぶっ飛んでますけど。
「嬉しいです。ありがとうございます」
──いえいえ。さて、次の質問ですが、処刑官という職業にはどんな人が向いていますか?
「まあ、身も蓋もない答えですが、やはり嗜虐嗜好者サディストですね。そうでもなければ、とても勤まりません」
──それはご自身も、ということですよね。
「はい。かなりの」
──率直ですね。そういう性癖は、世間的には必ずしも歓迎されないことが多いわけですが、それを公言することに抵抗はあったりしませんか?
「昔はありましたね。でも今の私に言わせれば、そういう性癖を持っているということ自体は、別に恥ずべきことじゃないんです。みんな自分の”普通じゃない”ところに劣等感や不安を抱くし、私もそうだったけれど。普通じゃ無いことって、別に悪いことじゃ無い。もちろん、法に触れるようなことや無責任な行為はダメですよ。そこは誤解しないでくださいね。あとはなんて言うのかな、疎外”する側”と”される側”があるとしたら、私はどうしても、”される側”に心を寄せてしまう。だからもし自分が少数派に属すのだとしたら、それは隠したくない。そういうタチなんです。なので変な話ですが、心情的にはピッグスのレジスタンスを応援してる部分もあったりします」
──それ、言ってしまって大丈夫ですか?
「言論は自由です」
──とはいっても、世間体的なリスクは間違いなくあります。
「わかります。でも世の中だって少しずつだけど変わっていってますよね。世の中がそうやって変わっていくのって、私たちが心のどこかで”何が正しいか”をわかっているからじゃないでしょうか。たとえ自分ではそれを意識していなくても」
──過去から未来、世の中は少しずつ良くなっていく。そういう風に思っている?
「はい。思っています」
──ありがとうございます。これでインタビューを終えたいと思います。
僕の感想を少しだけ述べさせてください。
キリエさんはたぶん、素直な人なんだと思うんです。
ご自身の中には度し難いほどの残虐な性癖を有しながら、一方ではすごく人間の理性とか善性に重きを置いていて、世の中の明るい未来を信じてる。
理性的で、善人で、良識的で素直な超嗜虐エクストリーム嗜好者サディスト。
そんな風に思いました。
すいません、最後にあとひとつだけいいですか?
「はい、どうぞ」
──彼氏さんっていらっしゃるんでしょうか?
「え? いやいや(笑) それはあの、ご想像にお任せします……」
†
キリエ・ポットベリー
聖歴992年2月4日生 王都出身 18歳
性別 :女性(※エリニュス)
星座 :ガニュメデ
四元素:水A
学歴 :王立医術大学セント・フローレンス卒業
趣味 :料理、整理整頓、掃除、散歩
好きな男性のタイプ:働き者、真面目
【番外編】ヘブン・オブ・ヘル Part1
報告書
キリエ・ポットベリー処刑官の魔力について
(関係者のみ閲覧可)
本報告は、第七監獄所属処刑官の来期の俸給算定に係る、人事査定担当およびその長向けの資料である。
処刑官の個人情報を含むため、取り扱いにはじゅうぶん注意されたし。
第七監獄主任処刑官、キリエ・ポットベリー(以下文中、ポットベリー処刑官と称する)。
彼女の処刑技術は、大きく二つに分類できる。
一つは言わずもがな、”人体改造”である。
王立医術大学セント・フローレンス主席卒業の外科処置技術による、およそ人間ピッグスが耐えうるギリギリの、極限的人体改造処置。
処刑期間は7日間。
まずは初日に事前処置として、四肢切断、全抜歯。これで抵抗を封じる。
そしてその後6日間にわたり、強制肥満、刺針、穿孔、切開、切除、切断、異物埋没、分割、結合、溶着、皮剥……等々、ありとあらゆる過酷な処置を受刑者に施すのだ。
しかも、た・だ・施・す・のではない。
無麻酔で、かつ、痛覚を増幅する薬剤=鋭敏剤を投与しながらそれを行うのである。
鋭敏剤の作用により、受刑者は施術中は失神することもできない。
さらにポットベリー処刑官は、後述の”治癒魔力”を有しているため、受刑者はどんなに苛烈な人体改造処置を施されても、最終日7日目に死を与えられるまでは絶対に彼女の”処置”から逃れることはできないのだ。
いやはや。
第七監獄所長たる小職がこう言うのもなんだが、率直に言おう。
はっきり言って、怖い。
(ちなみに事務室でお茶を飲んでいる時なんかは、容姿を除けばまったく普通の、むしろどちらかと言えば控えめなお嬢さんなのだが。礼儀正しいし、今時珍しいくらいに奥ゆかしいし、信心深い。よかったらうちの馬鹿息子の嫁になってくれないだろうか……)
失礼。話が逸れてしまった。
本報告の主題は人体改造それではないのだ。
そもそも人体改造については、管理局内で既にポットベリー処刑官の代名詞となっているため、今更報告すべき事柄ではないと判断する。
本報告では、あまり局内でも知られていないであろうも・う・一・つ・の・処・刑・技・術・にフォーカスし、彼女へのさ・ら・な・る・適・切・な・評・定・の一助としたい。
ポットベリー処刑官のもう一つの処刑術。
”授香フェロモン”のことである。
一言で言えば”授香フェロモン”とは、ポットベリー処刑官の固有魔術=悩殺香フェロモンを、受刑者に吸引させる、という処刑技術である。
”授香フェロモン”、”悩殺香フェロモン”、”固有魔術”といった、閲覧者諸兄には馴染みが少ないであろうワードが出た。
それを語る前に、少し前置きが必要だ。
まず承知の通り、ポットベリー処刑官は普通の人間ではない。
エリニュスと呼ばれる、人間の亜種的存在だ。
(※ちなみにエリニュスについては、その起源は諸説ある。が、私の知る限りにおいて、王立科学界でも公式結論は出ていない。ただ近年、ある種の社会寄生性昆虫の生態との類似性が指摘されており、その線での研究が進められている。驚くべきことに、これはピッグスも同様である。参考まで)
エリニュスにはいくつかの特徴がある。
・普通の人間の母親から突然変異的に生まれてくる
・女性のみで、男性はいない
・長身。王国成人女性の平均身長は150cmほどだが、エリニュスは軒並み200cm前後
・美形。手脚が長い
・長寿。およそ200年前後の寿命
・死ぬまで容姿が老化しない
そして、
・魔力を持つ
そう、エリニュスは”魔力”と呼称される不可思議な力を持っている。
これは例えば、何もないところに火を起こしたり、氷を生成したり、あるいは小さな雷を発生させたりといった力である。
そしてこの魔力には個人差があり、他の誰も持っていないような魔力を持つ者もいる。
ポットベリー処刑官がまさにそうだ。
彼女は2種類のレアな魔力を有している。
一つは治癒魔力。
これは文字通り、傷や病を癒す魔力だ。
そしてもう一つが、件の”悩殺香フェロモン”、もとい”授香フェロモン”、というわけである。
ではその”フェロモン”とは、いかなる魔力で、いかなる処刑技術なのか?
ざっくりと説明するとこうだ。
ポットベリー処刑官が悩殺香フェロモンを発動すると、彼女の股間=女性器に特殊な甘い芳香が生成される。
そして、専用設備に拘束してある受刑者の顔に座ることで、その甘い芳香を受刑者に吸引させる。
吸引したピッグスには、下記の効果が現れる。
・性的快感の超喚起
・思考力の破壊
・精神幼児化
・悩殺香フェロモン依存の発症
(※なお、”悩殺香フェロモン”はピッグス特効で、普通の人間には効果がない)
(※ややこしいが、香りそれ自体のことを”悩殺香フェロモン”と書き、それを受刑者に与える行為を”授香フェロモン”と書く)
人体改造と授香。
この二つが彼女の2大処刑技術であることは冒頭に述べたとおりだ。
しかしここで素朴な疑問が湧くと思う。
人体改造と授香では、ハードさに大きな隔たりがあるように見えないだろうか。
地獄ヘルの人体改造に比べれば、先に挙げた授香の4つの効果など、もはや天国ヘブンにも等しいようにさえ思える。
こんな甘い処刑術が評価の対象たりえるのだろうか?
……と、そう思っていた時期が小職にもあった。
だがそれは私が、授香の恐ろしさを理解できていないだけだったのだ。
処刑執行記録を一つ添付する。
授香フェロモンの恐ろしさ、それを理解いただくにはこの記録を参照するのが早い。
これは今から3ヶ月ほど前、ポットベリー処刑官が、レジスタンスの大物中の大物であるマモル将軍を処刑した際の詳細な執行記録である。
普段の彼女の処刑記録を見ると、人体改造が9で悩殺香フェロモンが1といった割合でやはり人体改造メインなのだが、しかしこの時は諸々の事情から、人体改造ではなく授香フェロモンをメインで執行したという記録が残っている。
衝撃的な画像記録を含むので、特に本部勤務者には刺激が強いかも知れない。
そういう意味でも取り扱いに注意願う。
ではいよいよ次ページ以降、当該記録となる。
【番外編】ヘブン・オブ・ヘル Part2
管理局第七監獄。
地下七階。
広い部屋だった。
いや、部屋というよりは、”扉のついた広い廊下”というべきか。
長さ10メートル、幅5メートルほど。
上下左右、白く磨かれた石床。
天井には白く明るい蛍光魔力灯。
無音。
その中に壮年のピッグスが一人、ぽつねんと取り残されている。
彼は移動式拘束架=いわゆる”スパイダー”に拘束されている。
手足と胴体をガッチリ固定。
頭部も口枷で固定され、息すら苦しそうな体勢だ。
身長はおよそ80cmほど。
ピッグスの中でも比較的小柄なほうだろう。
頭部は普通の人間と変わらない大きさだが、体と手足は見ているのが嫌になる程コンパクトだ。
言ってみればちんちくりん、というやつである。
しかしその貧相な骨格フレームに相反し、そこに纏う筋肉だけは大きな鋼のように鍛え上げられているのが見て取れる。
そしてさらに目を引くのは、その男の顔貌である。
がっしりした顎。
厚みのある頬の肉付き。
短く刈り込まれた黒い直毛。
精力的な濃い眉。
そして何よりその下の、手負いの虎のような鋭い眼光。
彼の名はマモル。
レジスタンスの生ける伝説リビングレジェンドと称された、幹部中の幹部であり、最古参メンバーでもあり、主力部隊の一つを率いる将軍でもあった男だ。
だが、このところの王国あげてのレジスタンス狩り強化の嵐で、部隊50名のメンバーと共に彼の命運もついに尽き、こうして処刑開始の日に至ったのだった。
マモルの背後には閉ざされた鉄扉。
地下1階の独房から獄司に架を引かれてやってきた扉だ。
そして正面にはさらに重厚な金属扉。
その向こうには、死が待っている。
今いるこの廊下は、獄司と処刑官の責任分界点である。
つまり、あの扉の向こうに、マモルを処刑する処刑官がいるのだ。
と、そこで、マモルの耳がぴくりと動いた。
カツッ…
カツッ…
カツッ…
カツッ………
扉の向こうから、かすかに足音。
それは、ある形状の靴特有の、履く者の属性を限定するサウンドであった。
金属のピンヒール。
処刑官は女か。
だがそれにしては、音と音の間隔がやけに長いようだ。
仮にかなり大柄な男性だとしてもあまりに長い。
もし普通に歩いているとすれば、かなりの歩幅の持ち主ということになるが……
カツッ…
カツッ、カツッ。
マモルがそこまで考えた時、足音が止まった。
扉の向こうに、処刑官が来たのだ。
シュゴッ!
ギィーーーーッッッ、ズゥゥゥゥン………
果たしてマモルの予期通り、重い音をたてながら、正面扉が開いた。
扉は赤い十字マークの意匠が施されており、十字が割れることで開閉する仕組みになっていた。
処刑官が入室した。
マモルに向かって歩いてくる。
カツッ…
カツッ…
カツッ…
カツッ…
(そういうことか。道理で音の間隔が長いわけだ)
迫る処刑官の姿を見てマモルは納得し、一つ息をついた。
目に力を入れ、その虎のような眼光で処刑官を見据える。
カツッ…
カツッ…
カツッ…
カツッ………
処刑官がさらに近づくにつれ、マモルの視界はその全姿を捉えきれなくなる。
顔がやや下向き加減に固定されているため、視界が切れてしまうのだ。
カツッ、カツッ。
やがて処刑官は、マモルをほとんど跨ぐような位置で立ち止まると、ほぼ真下にマモルを見下ろした。
そして、そんな位置取りとは裏腹な丁重さでこう自己紹介をした。
「マモル将軍、初めまして。私は管理局処刑官、キリエ・ポットベリーと申します。本日より7日間、貴方の処刑執行を担当させていただきます」
「…………」
「失礼。貴方のような勇者に口枷など不要ですのに」
キリエはしゃがみ込むと、マモルの口枷を優しく外した。
「ぶッ、ふぅーーーっ……………ごほっ! ふぅーーーっっ……」
口枷が外れて一息つくマモル。
「お顔の向きも苦しそうですね。角度を上げますね」
キリエがマモルの頭部拘束を操作する。
マモルの顔が徐々に上を向いていく。
間近で視界にとらえたキリエの全姿を見て、マモルは思わず息を呑んでしまった。
白皙の小顔。
細く通った怜悧な鼻筋。
切れ長の涼やかな目。
ストレートの黒髪ポニーテール。
細い首。
華奢な肩。
長くたおやかな腕。
小ぶりな可愛い胸。
砂時計型のくびれた腰つき。
そしてなんと言っても、そこから伸びる二本の長く美しい御御足!
いったいなんという長さか。
こうして並び立つと、マモルの頭はキリエの膝の辺りまでしかないのである。
そして、本人の美しさもさることながら、それをさらに凄絶に引き立てるのは、その身に纏う装いである。
黒地に赤い十字の入った小ぶりなナースキャップ。
白い上品なブラウス。
たおやかな腕にフィットする黒い魔獣革ロンググローブ。
黒いタイトフィット魔獣革コルセット。コルセットの腰にはプリーツミニスカートが付属し、そのフロントの部分だけが劇場のカーテンのようにオープンになっており、その下の黒いショーツが直に見えるようになっている。
黒い網ガーターストッキング。
黒いタイトフィットの魔獣革ピンヒールサイハイブーツ。
全体的に黒地に赤い十字のアクセント。
挿絵(By みてみん)
「お、お前は処刑官だろう? その装いは、いったいどういう……」
流石のマモルも圧倒され、思わず驚きの声。
「ふふ。術・衣・は何タイプかあるのですが、なんとなく、マモル将軍はこのタイプが好みかと思いまして」
腰の左右でスカートをつまみながら、キリエはいたずらげに微笑んでそう言うと、さらに足を踏み出し、今度は完全にマモルを跨いだ。
腰に手を当てて真下のマモルの顔を見下ろす。
「なっ! なにを」
マモルの顔の上空に、キリエの黒ショーツの股間。
「ふふ」
そしてキリエは、マモルの顔をブーツの膝やふくらはぎで愛撫するように動かし始める。
「うぶっ!」
ブーツの膝やふくらはぎでグリグリねぶられるマモルの顔。
香水だろうか、ほのかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「くっ…… や、やめろっ!」
マモルは顔を赤らめながらも、それでも依然として重厚な声音。
「ふふふ……いかがでしょう? ブーツはタイトなピンヒールサイハイ、ガーターストッキングは少し大きめの網目をセレクトしました。スカートはコルセット一体型のプリーツミニで、フロントがカーテンのように開いていてショーツが直に見えるようになっています。こんな感じがお好きなピッグスの方って結構多そうな気が」
「やめろ!!!」
マモルの一際大きな胴間声が響き渡り、キリエが話を止める。
「やめろ……弄ぶな」
「……失礼しました。久しぶりに骨のありそうな方だから、私も嬉しくなってしまってつい」
キリエはつまらなそうに鼻を鳴らして言う
つづけてこう問う。
「でもひとつだけ聞いていいですか?」
「…なんだ」
「先ほど脚で貴方のお顔を撫でていた時、私の香りはいかがでしたか?」
香りだと?
キリエの質問の意図が読めない。
マモルはとりあえず、素直に思ったことを答えることにする。
「香りか…… や、すまん、俺はそういうのは疎くてな。だが、ほのかに甘いような、悪くない香りだったとは思うが………」
「なるほど。わかりました。貴方は香りへの感受性はさほど強くないようですね。参考にします」
「……?」
「さてそれでは、今日は事前処置を行います。処置室にご案内しますね❤︎」
マモルの疑念を尻目に、キリエはさっさと移動式拘束架を引いて歩き出した。
【番外編】ヘブン・オブ・ヘル Part3
「さ、こちらが処置室です❤︎」
(こ……これは……!)
”処置室”は5メートル四方ほどの部屋だった。
白いタイル張りの床と壁。
壁の棚に並ぶ数々の道具や、薬品と思しき瓶類。
部屋の中央に、拘束機構付きの寝台。その上には、蛍光魔力灯を6つ集積した無影灯。
マモルは直感した。
”処置”というワード。
そしてこの部屋の様子。
「端的に聞く。お前は俺を”手術”するのか?」
ギロリと見上げて問う。
「私は”処置”という言葉の響きのほうが好きですが。でも、内容はお察しの通りです。これから7日間、私は貴方に様々な人体改造処置を施します。もちろん麻酔などありませんよ。むしろ、痛覚が極大化するお薬を投与しながら、1日8時間、気分が乗ればオールナイトで、貴方の体を人間の極限まで改造します。麻酔なしで処置される痛みと、体をめちゃくちゃにされる恐怖とで、魂の底から受刑者を泣かせてあげること。それが私の処刑スタイルです」
マモルの見下ろしながら、頬を上気させたキリエが饒舌に答えた。そのグレーの瞳には、隠しきれない嗜虐の喜びが浮かんでいる。
しかし。
マモルは動じることなく、なんでもない口調でこう返したのだった。
「とんだ変態女だな。お前の仕事は”趣味”と実益を兼ねてるってことか。この気色悪い部屋で、お前は俺の仲間たちを切り刻み、毎晩オナニーに興じているってわけだ。だが残念だったな」
「残念? 何がです?」
キリエが真顔に戻って問い返す。
「お前は俺に痛みを与えて泣かせたいんだろう。残念だがそれは無理だ」
「だから、何が無理なのです?」
キリエは若干イラッときたように、普段より低い口調で問う。
だがマモルはそれに答えず、さらに挑発的に言った。
「まあ、いいからやってみな。すぐにわかると思うぜ」
「…………マモル将軍。忠告しておきますが、あまり私を怒らせないほうがいいですよ」
「どうせ俺は死ぬ。お前が怒ろうが怒るまいが、運命は変わらん」
二人の視線が交差する。
しばしの、緊張を孕んだ沈黙。
先に目を逸らしたのはキリエのほうだった。
「ふん、まあいいでしょう。仕事にかかります。必ず泣かせてあげますからね」
†
「事前処置第一段階です。貴方の歯を全て抜去します」
「そうか。全部虫歯だ。まったく惜しくないね」
マモルはあくまで挑発的に言う。
するとキリエは、
「普通は事前処置では使わないんですが」
「ん?」
「鋭敏剤を使用します」
「ほう? なんだそれは」
「痛覚を強め、かつ気絶できなくするお薬です。いろいろ種類がありますが、かなり強めのものを使ってあげます。覚悟なさい」
キリエはマモルの口に開口器具をセットする。
キリエがそれを操作するとマモルの口が開き、その舌が口外に伸長していく。
やがて口が全開し、舌も最大限まで口外に伸長した。
この時点でそこそこ痛いはずだ。
しかしマモルは全くそんな様子は見せない。
「さ、ちくっとしますよ……❤︎」
キリエはマモルの絶叫を予想しながら、注射器を舌に近づけていく。
そして、
プスリ
マモルの舌に針が突き刺さる!
しかし!
「………………」
なんと、マモルは全く痛がるそぶりもなく、眠そうな顔でぼけっと虚空を見つめているではないか!
「も、もう少し奥まで刺します。ほら、少しずつ針が舌の奥に入って行くのを感じるでしょう………」
「………………」
やはりマモルは全く痛がる様子がない。
キリエはやや面くらい、なんとかマモルを動揺させようと声をかける。
「あ、あの、鋭敏剤がだんだん注入されていっていますよ? 痺れてきたでしょう? そのうち神経がビリビリしてきますからね?」
しかし依然としてマモルは余裕の表情である。
キリエは注射器を抜くと、今度は抜歯具を手に取った。
「お注射は苦手じゃないのかもしれませんが、今度は抜歯です。いつまでその余裕が持つかしら!」
プンスカと言い、キリエはマモルの開口具を開くと、普段よりやや乱暴に抜歯処置を開始した。
†
30分後。
全抜歯が完了した。
抜歯器具自体に治癒魔術が込められているため、歯は完全に抜けているものの、血は全く出ていない。
結局マモルは全く痛がるそぶりもなく、呻き声ひとつあげなかった。
「な、なんなんですか貴方は? でも、次は四肢切断です。根元から切って、何もできなくしてあげる。怖いでしょう? さあ、泣いてごらんなさい!」
「どうへおえはひぬ。いまはら、てあひなど、かんけいないな」
抜歯のため、フガフガの口調。
だが、動じる気配はまったくない。
キリエはマモルの腕と脚の付け根に、それぞれ金属製リングをセット。
それを操作すると、リングの径が徐々に狭まっていく。
通常の受刑者であれば痛みと恐怖で大いに泣き叫ぶところだ。
しかし、マモルはやはり全く痛がる様子もなく、あまつさえ、うとうとして寝息を立て始めそうな勢いである。
「…くっ、鋭敏剤を追加してあげる! 一番強いやつよ!」
キリエは最強の鋭敏剤を限界量まで投与!
計5本の注射器がマモルの舌の同じ刺痕に入れ替わり立ち替わり突き刺さる。
しかしマモルは!
Zzz ………
Zzzzz ………
Zzz ………
Zzzzzzz ………
なんと、四肢切断の最中に安らかな寝息を立て始めたではないか!
「な……… ほんとになんなのこの子?」
キリエは思わずそう呟いた。
こんな受刑者は、初めてだった。
†
四肢切断が完了した。
例によって血は全く出ていない。
切断器具じたいに治癒魔術が込められており、切断と同時に傷を塞いでいたためだ。
結局マモルは泣くどころか、呻き声ひとつあげなかった。
「マモル将軍。本当にどういうことなのでしょう。後学のために教えていただけませんかか?」
マモルは、抜歯によるフガフガの口調でこう答えた。
「ああ、おえはな」
一呼吸おくと、驚くようなことを言う。
「いはみをかんひないたいひふなのら。おえにもよくわからんがな」
「痛みを感じない……? 無痛体質者?」
そういえば、医術大学で習ったことがある。
かなりレアな先天的症状だ。正直、実在も怪しいと思っていた。それがまさかここでその持ち主に出会うとは。
「……そういうことなのですね。確かに、それだと貴方を泣かせるのは難しそうです……」
キリエは少ししょげた様子で言った。
それを見たマモルの心中に、思わず勝利感が込み上げる。
しかししばらくすると、
「あ、そうか」
唐突に、キリエが呟いた。
「ひとつ処置を追加します」
「む……?」
そう言ってキリエが手に取ったのは、金属製の穿孔器具ドリルである。
石材や木材に対して使われるものを、人体用にチューンしてある。
「なにをふる?」
マモルが問う。
「頭に一箇所、小さな穴を開けるだけです。すぐに終わります」
「そえでおえがなくと?」
「ふふ。いいえ、これで泣くとは思ってませんよ。ただ、ちょっといいことを考えついたので、その準備です❤︎」
「なに……?」
頭蓋穿孔トレパネーションは10分ほどで終わった。
穿孔箇所には簡単なキャップで蓋がされた。
マモルとしては体調の変化等は特に感じない。
だが、先ほどキリエが言った言葉がやはり気になる。
(いいことを考えついたのでその準備……? いったいこいつは何を思いついた?)
「さて、本日はこれで終わりです。この後はご飯と、おしめを替えてあげますからね。さ、行きましょう❤︎」
キリエはマモルを移動式拘束架スパイダーに移すと、処置室を出て廊下を歩き出した。
移動式拘束架スパイダーで引かれながらマモルは考える。
この後はご飯といったか。
腹が減っているので正直嬉しいが……
だが、キ・リ・エ・が・先・ほ・ど・何・か・を・思・い・つ・い・て・以・降・、やたらと上機嫌なのが気になる。
いったいこいつは何を思いついたのか?
マモルは思考を巡らせるが、腹が減っているせいか、考えがまとまらない。
まあいい。考えたところで、俺が死ぬことは変わらん。
それに、こいつが何をしようと、俺・に・痛・み・を・与・え・る・こ・と・は・不・可・能・だ・。
一抹の心配を隅に追いやり、マモルは瞑目して身を運ばれるに任せたのだった。
【番外編】ヘブン・オブ・ヘル Part4
「こちらが受刑者勾留室ゲストルームです。これから7日間、処刑時間以外はこの部屋でお世話いたします」
豪奢、といっても良い部屋だった。
広さは10メートル四方ほど。
高級ベッド、小綺麗な内装、天井のシャンデリア、部屋の隅の大きなキッチン。
キリエはマモルをベッドに寝かせると、キッチンへ向かう。
そしてすぐ給仕カートを押しながら戻ってきた。
「さ、お食事です」
「む……」
運ばれてきた給仕カートには、皿が三つと、水差しがひとつ。
「今日のメニューは炎龍魚のポワレに魔猪カリュドンの豚足角煮、デザートにカトブレパス魔獣乳ミルクのプリンです。時間がなかったので作り置きですけどね。でも腕によりをかけて作ったので、きっと美味しいと思います❤︎」
キリエはベッドに腰かけると、マモルを膝枕する。
「……!」
思いがけない密着に、マモルは思わず顔を赤らめてしまう。
「どうしました?」
「な、なんでもない!」
キリエがにやけた顔で問うと、マモルは強い口調でなんでも無さを強調!
「”なんでもない”ですか。ならそういうことにしておきましょう。あ、そうそう、食事の際は入れ歯を使わせてあげます。貴方は妙な気を起こしそうにありませんので、特別に」
”妙な気”とは、舌を噛み切っての自殺や、噛みつきによる抵抗のことを言っているのだろう。
キリエの言う通り、マモルにはそんな気持ちはさらさらなかった。
自分は十分に精一杯生きたし、特殊体質のおかげで処刑の苦痛も感じない。だから自殺も抵抗もする意味はない。
キリエはマモルの口に入れ歯を装着する。
そしてスプーンで炎龍魚のポワレをひと匙よそう。
「はい、あーん……」
スプーンがマモルの口に運ばれる。
膝枕で口にスプーンを運ばれるというのは多少屈辱的ではあったが、ともあれ腹が減っている。
マモルは素直にそれを受け入れる。
はむっ。
もぐもぐ……もぐもぐ……
(ん、んんんん? こ、これは!)
「どうでしょう…お口に合いました?」
キリエは少し不安そうな口調で言う。
「うまい。こんなにうまいのは、初めてかもしれん」
入れ歯のおかげで滑舌のよくなったマモルが素直にそう答えた。
その返事を聞いたキリエは、花がぱあっと咲くように顔を綻ばせる。
「よかったです! さ、どんどん食べてください。はい、あーん❤︎」
少女のような、まるで無邪気な顔になって、キリエはそう言った。
†
「”マモル”。古代語で”守護する者”って意味ですよね」
食事を終え、会話が始まっていた。
キリエがマモルを膝枕し、その顔を優しく撫でながら話す。
「そうだ。それがどうした」
「最近わたし、聖典の古代語版に挑戦してるんです」
”聖典”とは、この世界に広く普及する宗教における神話や古事をまとめた書物だ。
一家に一冊は必ずあると言って良いほど、人口に膾炙している。
だが最近では、特に若者の間で深刻な聖典離れが進んでおり、きちんと読んでいる者が少なくなりつつある。いわんやその古代語版ともなれば尚更だった。
「聖典が好きなのか」
「はい……あれが私の心の足・場・みたいなものですから」
心の足場、か。
マモルはキリエの言葉を推測する。
誰でも、自分を認めてくれる何かが必要だ。
”お前はお前でいい”と言ってくれる存在が必要なのだ。
このエリニュス娘はそれを”足場”と表現したのかもしれない。
マモルは少し意外な思いだった。
こうして落ち着いて話してみると、このキリエという女は、思いのほかまともな人物に思えてくる。
だからこそ、こう聞いてみたくなった。
「お前のやっていることは、聖典で許されていると思うか?」
ピッグスに対する壮絶な処刑。
聖典ではそれが許されているのか。
キリエの答えは、また意外なものだった。
「それは……医療技術の研究です」
「なに?」
「聖典によれば医療の神フローレンスは、古の大いなる災いの際にその卓越した治癒魔術で多くの人を救いました。そしてその後は魔術を使えぬ民のために、医療技術の研究にも尽力した、と書かれています。私も同じです。この処刑は、私にとっては第一に医療技術の研究であり、私の性癖がそれにたまたまフィットしたということです。もちろん管理局が掲げる処刑の意義――抑止力とガス抜き――についても納得した上で働いてはいますよ」
どう聞いてもこじつけの詭弁だった。
だがマモルはあえて突っ込まず、話を広げた。
「お前の考えはひとまずわかったことにしよう。だが管理局の理念についてはどう思う? ピッグスの差別は正当か? ピッグスは暴力的で知能に劣る、だから管理局が管理しなければならない。お前はそれを信じているのか?」
「…………」
キリエは沈黙した。
その沈黙が既に一つの答えであったが、それでもマモルは静かに待った。
やがて、
「………正直、ちょっとおかしいな、って思うことはあります。結局、見た目とか、自分たちが醜いと感じるものを貶めたいだけなんじゃないかって…………。ただ言えるのは、私自身はピッグスが嫌いじゃない。醜いとも思わない。むしろ、愛しています」
「愛している、だと?」
「ピッグスってきっと、愛が足りてないと思うんです。だって、生まれてすぐに親元から引き離されて、施設に送られて。逃げ出したらレジスタンスになって。親の愛も、きょうだい愛も、女の愛も知らない人たち。だから私が、この世で至上の女エリニュスたるこの私が、貴方たちを徹底的に愛してあげるんです」
「だが、お前の愛は壊れている。相手を切り刻むことでしか、愛せない」
今度はマモルは容赦無く指摘した。
キリエはやはり少し沈黙したが、やがてこう言った。
「……わかってます。自分がおかしいってことぐらい。普通の性癖だったら、普通の人を普通に愛せたらどんなにいいか。でも」
「…でも?」
「それでも、心には背けない」
穏やかに諦めたような瞳で、エリニュスはそう言った。
†
その後も二人はたくさんの話をした。
王国の現状、好きな食べ物、はびこる差別、生きる意味、ピッグスとは、エリニュスとは、世界とは、宇宙とは何か……
それはマモルにとって、ある意味驚きであった。
話・し・て・い・て・こ・ん・な・に・楽・し・い・相・手・は・今・ま・で・い・な・か・っ・た・か・ら・だ・。
まさか人生の最後に、こんなに楽しい時を過ごせることになるとは。
話が尽きる気配はなかった。
が、日付が変わる頃になると、流石にマモルはだんだんと眠気を催してきた。
キリエはそんなマモルの様子を、我が子を見るような愛情深い目で見つめていた。
ほどなく、マモルは寝落ちした。
「おやすみなさい。明日は……ふふ、頑張りましょうね」
マモルの顔を再度優しく撫で、その身に毛布をかけると、キリエは受刑者勾留室を後にした。
【番外編】ヘブン・オブ・ヘル Part5
翌朝。
受刑者勾留室ゲストルーム。
「おはようございます。夜はよく眠れましたか?」
キリエが愛想よくマモルに声をかける。
「ああ、寝心地のいいベッドだ」
「それはよかったです❤︎」
キリエはマモルの体を拭くと、おしめを替えた。
マモルはされるがまま、その手際に身を委ねる。
「さて。本日からの処刑についてご説明しますね」
来たか。
と、マモルは思った。
いったいこいつは昨日、何を思いついたのか。
「通常の受刑者ですと人体改造処置がメインなのですが……… それだと貴方には泣いていただけないということがわかりました。ですので、別の方法で処刑させていただきます」
別の方法、だと?
マモルの胸に不安がよぎる。
キリエは続けてこう言った。
「貴方を”授香室フェロモン・ルーム”へご招待します」
(フェロモン・ルーム? フェロモン? なんだそれは……)
マモルは脳内を検索するが、フェロモンという言葉に聞き覚えがない。
「すぐにわかります。さ、行きましょう❤︎」
キリエはマモルを移動式拘束架に移すと、部屋を出て歩き出した。
†
小さな部屋だった。
広さは5メートル四方ほど。こじんまりとしている。
床は暗い赤の長毛絨毯。同じく暗い赤地の壁には、古代文字によると思しき呪術的文様。天井のシャンデリアと壁掛けの燭台が、暗く室内を照らしている。
静謐さと不気味さ。ゴシック的アトモスフィア。
そして部屋の中央には、椅子的形状の物体が床から生えていた。
そう、「生えていた」と形容したくなるような、奇妙な曲線的デザインと有機的質感。
座部の高さからして、エリニュス用に設計されている。
つまり、座るのはキリエだ。
独特なのは、座部のちょうど股間のあたりに丸い穴が開いており、球体状の何かをそこに嵌め込んで締める作りになっている。
そしてもうひとつ特徴的なのは座部の下方の作りである。
それはまるで、何かを捕獲拘束する装置めいた、そんな形状と機構なのである。
「こ、これは……」
「これは”授香椅子”です」
キリエが答える。
「この座部下方の捕獲拘束機構に貴方の体を拘束します。すると、貴方の顔が座部のちょうど股間のところからぴょこっと出ます。そして私が座部に座ることで、私の股間と貴方の顔が密着する形になります」
「お、俺の顔が、お前の股間に密着……? い、 いったい、何をするつもりだ」
用途を聞いたマモルは、動揺の色を隠せない。
なぜ彼はそれほどまで動揺するのか?
じつは何を隠そう、マモル将軍御年50歳、彼は童貞であった。
考えてみれば不思議ではない。
そもそもピッグスは女性に触れる機会がないのだ。
思い出して欲しい。
昨日の事前処置前、キリエの脚による戯れに、あそこまで本気で怒鳴って制していたこと。
昨夜の膝枕で顔を赤らめていたこと。
そんな彼が、女の、しかもキリエのような超絶世の美女の股間に顔を埋めることになるのである。
動揺するのも無理からぬことであった。
「ふふ。マモル将軍は、クイーンベスプという蜂をご存知ですか?」
「いや…知らん」
「簡単に言えば、いわゆる”乗っ取り蜂”の一種です。ですが、普通の乗っ取り蜂とは少し違ってて、面白い生態があるんです」
続けてキリエは、こんなことを言った。
普通の乗っ取り蜂は、乗っ取り対象コロニーに集団で侵入して、まず現住蜂の女王を殺す。そして、そのコロニーの匂いを体に染み込ませ、気づかれないうちにいつのまにか女王蜂に成り替わる。すると程なく現住蜂は全滅し、コロニー乗っ取りが完了する。クイーンベスプは違う。彼女は単騎で他種族の蜂のコロニーに侵入すると、自分の生殖器<>から特殊な香り、学者達が”フェロモン”と呼ぶものを分泌してコロニー中に充満させる。するとフェロモンを摂取した現住蜂は、脳が変質してしまい、みんな奴隷のようになってしまって彼女に逆らえなくなる。そして自分たちの本来の女王を殺し、クイーンベスプを新しい女王様として受け入れる………
マモルは察した。
つまりキリエがこれからしようとしているのは……
「マモル将軍。これから貴方をこの授香椅子に拘束し、私の股間の悩殺香フェロモンをたっぷりと吸わせて差し上げます❤︎」
淫虐の女神が、蕩けそうな瞳で告げたのだった。
†
キリエはマモルの四肢切断済みの小さな体を抱き抱えると、丁寧に授香椅子の座部下方、捕獲拘束機構にセットし始める。
マモルの体は、うつ伏せで背を反らしたような体勢となり、その顔は座部前方の丸いスペースから”こんににちわ”する形となる。
さらにキリエが操作すると、マモルの体を締めるワイヤーがその締め付けを強めていく!
「んっ、んぐぅぅぅぅぅぅっっっ!」
流石のマモルも苦悶の声。
痛みは感じなくとも、苦しさ自体は感じるのだ。
「さて、おちんちんにチューブを入れますね❤︎」
そう言うとキリエは、細いチューブをマモルのペニス孔に挿入する!
「んあっ、んぁぁぁぁっっっ、ひっ、ひぅぅぅっっっ!」
思わず情けない声をあげるマモル。
無痛体質なのに、なぜ声をあげるのか?
じつは無痛体質といっても、感覚自体はあるのだ。
どういうことかと言えば、感覚に”フィルターがかかる”イメージである。
ある刺激が”くすぐったさや気持ちよさ”といったレベルであればフィルターを素通りする。
だがその刺激が”痛み”に達するレベルになるとそこでフィルターがかかり、感覚がシャットアウトされるのだ。
つまり、ペニスへのチューブ挿入でマモルが声をあげたのは、”気持ちよさ”もしくは”くすぐったさ”のためである。
「ふぐぅぅぅぅっっっ! な、なんのつもりだ! お、俺が小便を漏らすとでも思ってるのか!?」
マモルは精一杯威厳を込めて問う。
しかしキリエは、
「おしっこというよりは、射精対策です。おそらく今日は数リットルはお出しになると思いますので❤︎」
「す、数リットルの射精だと!?」
常識的にありえない。
しかし、このキリエという処刑官が大袈裟に言っているとも思えない。
「始める前に入れ歯を外しておきますね。あと、簡単にお口を縫わせていただきます。涎が付着するのは嫌ですので。授香終了後に解いて差し上げます。さ、縫いますよ……❤︎」
キリエはマモルの入れ歯を抜くと、素早い手際で、彼の口をアヒルのように縫い合わせた。
「んぶぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!!!!!」
「準備完了です。では、座らせていただきます………❤︎」
キリエが授香椅子に腰を下ろす!
マモルの顔面がキリエの股間にむっちりと包まれる!
「んん!…む、ぐぅぅ……!」
顔の両側をむっちりと柔らかくホールドする腿、その思いのほかひんやりした温度。
そして鼻面を埋め込んだショーツ越しの陰唇の、柔らかさと温かさ。
ほのかに甘い香り。
柔らかい。
あまりにも柔らかい。
これが、女の柔らかさ。
精神が蕩けそうになる自分を感じ、マモルは気合を入れ直す。
そして、必死で体を暴れさせ授香椅子から逃れんとする!
「んぐぅぅぅぅぅっっっ!!! んむぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
しかし、授香椅子の拘束は、ほんの1マイクロメートルほども緩む気配すらない!
「ふふ、無駄です。授香椅子の拘束は決して緩みません。さらに事前処置によって手脚と歯を除去していますから、どうあがいても、貴方には私の授香から逃れる術はありませんよ❤︎」
「では………”悩殺香フェロモン”!」
キリエが魔力を口にすると、マモルの視界が桃色のもやに覆われる!
「んぐっ!? んぶ、んぶぅ! モゴォッ! モッ、モゴォォォォッッ!!!」
「さあて、いつまで頑張れるか、見ものですね❤︎」
†
1時間後。
「さすがマモル将軍。開始から1時間も正気を保てたのは貴方が初めてです。レジスタンスの伝説レジェンドと呼ばれるだけのことはありますね」
キリエはマモルを褒める。
「ですがここからはそうは行きません。私も少しずつ本気を出して行きますからね」
「まずはこれです」
そう言ってキリエが手にしたのは、シルバーの長針注射器である。
(注射器……? 何をするつもりだ? いや、俺に注射を打つに決まっているが、中身はいったい……)
すると、マモルの思考を読み取ったかのように、キリエは告げる。
「これは、いま貴方に与えている悩殺香フェロモンを精製したエキスです」
(くっ! やはり…… それを俺に静脈注射するつもりか。なるほど、確かにそれは効きそうだ… くそっ! だが耐えて見せるぞ…… 俺は負けん!)
マモルは注射の用途を理解し、覚悟を決める。
しかし、続いてキリエが告げたその注射の用途は、マモルの想像のさらに斜め上をいくものだった。
「これを貴方の脳・に注射します❤︎」
挿絵(By みてみん)
恐るべきキリエの宣告に、マモルは戦慄!
(の、脳に直接、注射するだと!? こっ、この変態女め!)
「静脈注射でも効果はありますが、脳への直接投与はその比ではありません。実はこのために、昨日の事前処置で頭蓋穿孔トレパネーションを施術したんです。さすがに注射針では頭蓋骨を貫通できませんからね」
「ふぐぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!! んぼぁぁぁぁぁぁぁぁっ、やべろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ………!」
マモルは縫い閉じられた口で必死に叫ぶ!
しかしその叫びはキリエの股間にほぼ吸音され、悲しいほどわずかな音声を授香室に響かせるばかりだ。
「頭が動くと危ないので、お顔をもう少し強く、私の股間に埋め込ませていただきますね……」
そう言ってキリエは授香椅子を操作する。
マモルの顔は先ほどよりもさらに強く、キリエの柔らかな股間に埋め込まれていく。
「んむぐぅぅぅぅ!!!」
「…… さ、いい子だから暴れないで頑張りましょうね………ふふ」
キリエは左手サウスポーに構えた注射器を、ゆっくりとマモルの頭蓋穿孔トレパネーション口へと近づけていく!
そして!
プスリ。キュゥゥゥゥゥゥ……
注射器の長い針が頭蓋穿孔トレパネーション口からマモルの脳に侵襲!
そして、脳細胞にじわじわと染みわたすように、悩殺香フェロモン精製液を少しずつ送り込んでいく!
「んむぐっ!?」
脳を侵さんとする異常な感覚!
はじめに感じたのは頭蓋の冷感。
それは徐々に熱を帯び始め、やがて、
(んなっ…! なん、だっ、こっれ わっ あたま、がっ、 におい、がっ、いいっ、におっいっ! あだまっ、にはいっ、てくるくるくるくるくる!!! ぎもぢぃぃぃぃぃぃっっっ! いっ、いぃぃぃぃぃぃ!!! いんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!! ぎもっ、ぢぃぃよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!)
脳に、脳に香りが染み込んでくる!
「ほきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ! んむぐぉぉぉぉぉっっ! おんぁぁぁぁぁぁ!!!」
股間で泣き叫ぶマモルを見下ろし、キリエは冷静に説明する。
「悩殺香フェロモン精製液注射は今日は50本ほど用意してあります。今日の授香終了まで、少しずつ投与します。それと、悩殺香濃度ですが、実はまだまだ低・レ・ベ・ル・濃・縮・です。10段階で言えばレベル1といったところでしょうか。急激に高めると貴方の脳と体が保ちませんので、今日は頑張ってレベル3ぐらいまで行ってみましょうね❤︎」
(なん……だ、と……レベル…1…? そん、なっ… むり、だ、た、た、たえられ…な…い……)
「では、ごゆっくり❤︎」
キリエは脚を組み、その腿と股間の中にマモルの顔をさらに強くぎゅっと抱きしめる。
「濃縮段階、レベル2です」
キリエの股間の桃色の芳香がさらにその濃度を増す。
「んゔぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! んゔぉっ、おゔぁぅぁぁ……!
極限の超絶性的快楽が、連続的にマモルを襲う。
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁ、おゆっ、おゆうひぐあはいぃぃぃぃっっ、ほきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!」
かくしてマモルはその日、12時間にわたって、泣きながら、叫びながら、もがきながら、狂いながら、悶えながら、射精を続けたのだった。
【番外編】ヘブン・オブ・ヘル Part6
夜。
受刑者勾留室ゲストルーム。
およそ12時間に及ぶ授香を終えたマモルが、ベッド上で細かく痙攣していた。
「お疲れ様でした。私の悩殺香フェロモンはいかがでしたか?」
キリエがベッドの頭の脇に立ち、腰に手を当ててマモルの顔を覗き込んで問う。
「…ほっ、ほきゃっ…へきゃっ…… ぶひゅっ…… あ、あぁ… ふぇおもん…… きもぢぃでふ……ぶひゅっ、ほ、ほきゃっ❤︎」
ヘブン状態が継続しているマモルからは、まともな返答がない。
キリエはマモルに食事を与えるべく、ベッドの頭の脇に座った。
するとマモルが、フェロモンを求めて反応する。
「んぁぁぁぁぁ……ふぇおもん! ふぉえもん、ぐあはいっ!」
「ふふ。エッチな子ですね……… そんなに私の股間がお気に召しちゃったかな?」
キリエはベッド上でマモルの頭部を跨いで膝立ちになる。
「ほーら、大好きな私の股間はここですよ❤︎」
「んぁぁ! ふぇおもん! ふぇおもん、ぐあはい! んぁぁぁぁぁぁっ、はやぐぅっっ! ふぇおもんんんん!!!!」
マモルは地獄の餓鬼のような形相で、数十センチ上空に位置するキリエの股間に向けて必死に首を伸ばそうとする。
しかし、根元から完全に四肢を切断されたその体では、どうあがいてもそこへの到達は不可能だった。
「そうそう。実は先ほど管理局上層部から、貴方の処刑期間を1・ヶ・月・間・に・延・長・す・る・との通達がありました。貴方はレジスタンスの幹部の中の幹部ですので、通常の7日間では足りないそうです」
「………ほぁっ…? ほぁっ……ほぁぁぁぁっっ?」
「つまりこれから1ヶ月、ずぅーーーっと悩殺香<フェロモン>をあげます」
「…ほっ………ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ❤︎❤︎❤︎」
歓喜に打ち震え、先端からカウパーを垂れ流すマモル。
ほんの24時間前の、あの強壮無比のレジスタンスの将軍の姿は、もうどこにも存在しなかった。
†††
以上が報告書だ。
執行記録は小職も改めて読み直したが、感想は先ほどと同じ言葉だ。
読み終えた諸兄も共感できるはずだ。
はっきり言って、怖い。
P.S
余談だが、マモル将軍はまだ存命だ。
ポットベリー処刑官から処刑期間延長の働きかけがあり、私が本部と調整した。
申請事由としては、”今般のレジスタンスの活動活発化という状況を鑑み、マモル将軍のレジスタンスにおける地位と知名度を踏まえ、下位のレジスタンスへの見せしめおよび、神格化防止の観点から、更なる処刑期間延長ならびに生存の確保が適切と考える”ってやつだ。
ポットベリー処刑官によれば、現在もまだ、専用フロアの一室で、毎日”授香”を施しているとのことだ。
一つ気になっていたのは、ずっと”授香”されているということは、マモル将軍はむしろ幸せになってしまっているのではないか? ということだ。
先日そのことをポットベリー処刑官に聞いてみたが、どうやらそんな感じでもないらしい。
マモル将軍の特異体質のことは記録で読んだと思う。
痛みを感じない体質。
ポットベリー処刑官は、どうやらこれを治・癒・す・る・ことに成功したらしい。
細かいことはわからないが彼女曰く、”脳に治癒魔術を使ったら”そうなったらしい。
王国歴1009年8月25日
管理局第七監獄所長 トバイアス・レノ 記
第五章 Act.3 友達
ムータロ救出から約1ヶ月後。
キリエは管理局を辞した。
理由は端的に言えば、処刑仕事がこなせなくなったからである。
受刑者ピッグスに兄ムータロの影がフラッシュバックする。
手術刀メスを持つ手が震える。
それでもなんとか切ってみたりするのだが、受刑者が少しでも悲鳴を上げようものなら、耐えがたい吐き気と動悸に襲われ、とても仕事どころではなくなってしまう。
一晩考え、キリエは辞表を提出した。
慰留されたが、意思は変わらなかった。
そして最終出勤日、最後の受刑者を麻酔で安楽死させた後、処置道具一式と術衣等を鞄に詰め、退職の挨拶もそこそこに管理局を後にしたのだった。
†
さらに数ヶ月後。
小雪のちらつく、王都の夜の繁華街。
とある静かなバー。
「王国キングダムを出る? ってことはお前」
カウンターの椅子で窮屈そうに大きな背を屈めたトーマスが、飲みかけのグラスを手にしたまま聞き返した。
「うん。新大陸パンゲアに行って、心機一転やり直そうと思ってて」
そう答えたのは、こちらはカウンターの足元の狭さに難儀しながら、窮屈そうに長い脚を収めたキリエである。
キリエとトーマス。管理局時代は互いに毛嫌いしていた二人だったが、ムータロ救出の一件以来、なんとなく打ち解けたような間柄になっていた。
新大陸パンゲアとは、この王国キングダムから大海を遥か南へ進んだ先にある広大な大陸である。そこには現在、人口300万ほどの王国植民州コロニアが形成されていた。
もともとは1世紀半ほど前、宗教弾圧によって王国を追われた人々が、過酷な航海を経てたどり着いたのが始まりだ。
やがてそこに豊かな土地を求める農民、機を見出した商人、未知の魔獣を狙う魔獣狩人ハンターなどといった人々が入植を始め、今では本国と同等以上の経済規模を誇る一大開拓地フロンティアとなっていた。
「兄貴のことはどうすんだ?」
トーマスが小声で聞く。
「もちろん一緒。というかそれがいちばんの理由。新大陸パンゲアならピッグスの扱いもこっちよりは全然良いから」
キリエもトーンを下げ、トーマスにだけ聞こえるように答える。
植民州コロニア議会は独自の立法権を有しており、本国とは法制度も違う。中でも最も大きな違いのひとつがピッグス関連法であった。
植民州におけるピッグスは、一般の人間同等とはいかないまでも、ある程度の権利が保証されていた。少なくとも、彼らに対し謂れのない暴力を振るった者は処罰されるし、生まれてすぐピッグス収容所ファームに送られるということもない。
こういった差異の背景には、主に宗教的見地の違いによるもののほか、若い植民者の確保という社会的要請もあった。ピッグス擁護論は本国でも若年者を中心に一定の支持があることから、そういった層に向けて植民州コロニアの進・歩・的・な・気・風・をアピールするという狙いがあった。
「管理局にいた頃から思ってたけど、私は、ピッグス差別は間違いだと思ってる」
酔いが回ってきたのだろうか。
キリエの発言はすこしセンシティブだった。
「そう思ってんだったら、なんで処刑官をやってた?」
深く考えずトーマスはそう聞いてしまう。
「……それは、そういう趣味だってことよ。私は。わかるでしょ」
「……………」
トーマスは継ぐ言葉に困った。
もちろんトーマスとて、世の中にはそういう種類の人間がいることは承知している。
他者を痛ぶることで性的快感を得る人種。
自分には全く理解できない感覚だ。
だがいま隣に座っているこの女は、自分自身がそうだと言う。
トーマスは内心おそるおそる聞いてみる。
「嗜虐嗜好者サディスト、ってやつか……?」
「ん……普・通・の嗜虐嗜好者サディストならまだよかったんだけどさ……。あたしのはかなり猟奇的っていうか、だいぶやばい類エクストリームなんだよね」
頬杖をついてグラスを弄びながら、いかにも”困ったもんだ”という軽い調子ノリでキリエが言う。
「……………」
微妙な沈黙が流れる。
ゴホン。
と、トーマスは咳払いでそれを打破した。
「ときに、じいさんはどうする。ひとりにする気か?」
キリエの表情がすこし曇る。
「ん……まあ、一緒に来ないか聞いてはみるけどさ。。。どうだろ、たぶん来ないんじゃないかなー……ふぁぁ」
そう言うと、あくびをしてカウンターに”ぐでっ”と突っ伏すキリエ。
「あまり飲みすぎんなよ」
「いいじゃん……どうせあたしは毎日休みニートだもん……」
トーマスの諫めに、キリエはくぐもった声で答える。
管理局を辞めてから、ずいぶん酒量が増えていたのだった。
†
数日後。
マーガレット宅。
キリエはお茶に呼ばれていた。
「新大陸パンゲアに行こうと思ってるんです」
しばし世間話を楽しんだ後、今後について問われたキリエは、端的にそう答えた。
「あら! そうなのね……寂しくなるわねぇ。どうしようかしら、お茶の相手がいなくなっちゃったら一気に老け込んじゃうかもしれないわ。んもーぅ、困ったわね」
「あはは。じゃあマーガレットさんも一緒に来ちゃいます? そしたらいつでもお茶できますよね。なーんて(笑)」
冗・談・め・か・し・た・調・子・でキリエが言う。
だがそれはキリエなりの、自らの身勝手な願望を恥じつつ、本心では相手にそれを悟られることを期待している時の態度アティチュードだった。歯を見せて笑いつつも、上目遣いで相手の反応を探るような。
しかしマーガレットはもちろん、既に十分すぎるほど大人であり、なにより老人であった。
「んもーぅ、キリエちゃんったら、冗談はおよしなさいな。私はさすがにこの齢だもの。そうね、もし二十年前だったらって思うわ。ほんと若いっていいわねぇ。なんだってできるもの。眩しいばかりよ」
予期した通りの答え。
マーガレットはこちらの思いを全て見透かした上で答えている。キリエはそう確信している。普段の強烈なキャラの奥に秘められた、彼女の極めて高度なコミュニケーションハックを、キリエは近頃になってようやく分かってきたところだ。
「じゃあキリエちゃん、向こうに行ったらお仕事はどうするのかしら?」
「どこかで小さな診療所でもやれたら、って思ってるんです。王立医術大学セント・フローレンスで取った医師免許ライセンスは向こうでも使えるので」
王国キングダムと植民州コロニアでは法制度が違う。しかし、王国で取得した免許の類については、植民州でも効力を発揮するという措置が取られていた。背景にはもちろん、入植者を確保したいという植民州側の思惑がある。
「だから生活の心配はしてないんですけど……その……」
言葉尻を濁すキリエ。
「あら、なあに?」
「……なんていうか、その」
「大丈夫。何でも言っていいのよ」
言いにくそうなキリエに対し、あくまで穏やかにマーガレットは促す。
太陽みたいなひとだ、とキリエは思う。
キリエの秘密を知った上でなお、こうして以前と変わらず接してくれる。
聖者も凡人も悪人も、善も悪も等しく照らす太陽のような。
キリエは言葉を続ける。
「なんていうか……不安なんです。これからどうなるんだろうって。これから一生、どこに行っても友達の一人もできないんじゃないかって………。心を開けばいいってよく言うけど、わたしにはそれってすごく難しいんです。仮にもし友達ができても、その人に本当のわたしのことを知られたらどうしようとか。きっと軽蔑されるんじゃないか………とか。それに、いままであんなに非道いことをしてきて、いつかそういうの全部、自分に帰ってきちゃうんじゃないかって……!」
「そんなことは心配しなくて大丈夫。あなたは大丈夫なのよ」
「どうして大丈夫なんですか。だってあたし、こ・ん・な・に・普・通・じ・ゃ・な・い・の・に・!」
やや挑戦的に激してしまったキリエ。
すみません、と謝って下を向く。
だがマーガレットは特に気分を害するような様子もなく、こんなことを言った。
「大丈夫に決まっているわ。お友達だってできるわ。現にこうして、わたしとあなたはお友達でしょう? それにキリエちゃんは、今まで自分がひどいことをしちゃったって思ってるのよね。それはあなたが本当はいい子だからそう思えるのよ。ね? 診療所を開いてこんどはたくさん救ってあげればいいじゃない。そうすれば人生だってちゃーんと帳尻が合うでしょう? だから大丈夫。心配しなくていいの」
マーガレットのその言葉にはたいした根拠はなく、言ってみればほぼ主観に過ぎなかった。しかし彼女にそれを言われると、キリエの胸にはなぜだか心強く響くのが不思議だった。
†
歓談はその後も続いたが、やがて日も陰り、いい時間になった。
「今日はこのへんで失礼しますね」
「あら残念、もっといていいのに。気をつけておかえりなさいな」
キリエは席を立ち、マフラーと外套を羽織る。
頭をぶつけないように首を縮め、玄関をくぐる。
「じゃあ来週、わたしの送別会フェアウェルをやるのでぜひ来てくださいね。腕によりをかけて、美味しいお料理を作ってお待ちしてます」
「楽しみにしてるわ。トーマスと一緒にお邪魔するわね」
キリエは礼儀正しく手を揃えてぺこりと頭を下げると、初冬のストリートへと、階段を降りて行ったのだった。
看完了,请叫我扫雷先锋。不要被温柔和颜面骑乘两词蒙骗了。这是一片基本没有h的文。先说背景:这个世界出现了一种女性:长寿、美丽、聪明、十二头身,会使用魔法;相对的出现了一种男性:矮小,不太聪明,被人奴役歧视。于是这种男性出现了反抗组织,这种女性则出现了镇压组织。女主是拷问官,美丽无比,十二头身,时而温柔时而暴虐的施虐狂,会使用费洛蒙魔法,由阴道分泌,闻到的变种男性会变弱智,会上瘾,会不断高潮,会言听计从。,男主是反抗组织的战士,身高90厘米。
再说剧情:管理局要求被俘虏的男主说出情报,男主拒绝,直接被处以为时7天的死刑,由女主实行。第一天:被女主砍掉四肢,用费洛蒙精神洗脑。第二天:狗链行走调教,试图用费洛蒙魔法洗成奴隶。男主反抗,暴怒的女主注射痛觉放大剂,完全剁去四肢,男主连爬行都做不到了,再强灌脂肪转换率100%的魔兽奶,变成了肥的连眼睛都睁不开的猪。第三天:开膛破肚,把人头埋进肩膀里,割掉耳朵脑袋开缝改造成丁丁的样子。男主疯了。第四天,女主在因缘巧合下发现男主是自己的哥哥,开始悔恨自己的所做所为。第五天,女主设计救出男主,避免了死刑,但男主已经是没有手脚的蠕虫,心智也退化成了婴儿,还对女主的费洛蒙上了瘾。一个月后:女主带着残废的男主去了不歧视变种男性的殖民地。
最后说感想:这是一片口味极重、除了短暂颜骑几乎没有任何工口片段、剧情狗血的文字。最重要的是肥胖化、丑陋猎奇化的人体改造无法解释。除非好这口,否则不推荐。
不过还是要谢谢作者和搬运工
zfk:↑看完了,请叫我扫雷先锋。不要被温柔和颜面骑乘两词蒙骗了。这是一片基本没有h的文。先说背景:这个世界出现了一种女性:长寿、美丽、聪明、十二头身,会使用魔法;相对的出现了一种男性:矮小,不太聪明,被人奴役歧视。于是这种男性出现了反抗组织,这种女性则出现了镇压组织。女主是拷问官,美丽无比,十二头身,时而温柔时而暴虐的施虐狂,会使用费洛蒙魔法,由阴道分泌,闻到的变种男性会变弱智,会上瘾,会不断高潮,会言听计从。,男主是反抗组织的战士,身高90厘米。
再说剧情:管理局要求被俘虏的男主说出情报,男主拒绝,直接被处以为时7天的死刑,由女主实行。第一天:被女主砍掉四肢,用费洛蒙精神洗脑。第二天:狗链行走调教,试图用费洛蒙魔法洗成奴隶。男主反抗,暴怒的女主注射痛觉放大剂,完全剁去四肢,男主连爬行都做不到了,再强灌脂肪转换率100%的魔兽奶,变成了肥的连眼睛都睁不开的猪。第三天:开膛破肚,把人头埋进肩膀里,割掉耳朵脑袋开缝改造成丁丁的样子。男主疯了。第四天,女主在因缘巧合下发现男主是自己的哥哥,开始悔恨自己的所做所为。第五天,女主设计救出男主,避免了死刑,但男主已经是没有手脚的蠕虫,心智也退化成了婴儿,还对女主的费洛蒙上了瘾。一个月后:女主带着残废的男主去了不歧视变种男性的殖民地。
最后说感想:这是一片口味极重、除了短暂颜骑几乎没有任何工口片段、剧情狗血的文字。最重要的是肥胖化、丑陋猎奇化的人体改造无法解释。除非好这口,否则不推荐。
不过还是要谢谢作者和搬运工
感谢大佬
zfk:↑看完了,请叫我扫雷先锋。不要被温柔和颜面骑乘两词蒙骗了。这是一片基本没有h的文。先说背景:这个世界出现了一种女性:长寿、美丽、聪明、十二头身,会使用魔法;相对的出现了一种男性:矮小,不太聪明,被人奴役歧视。于是这种男性出现了反抗组织,这种女性则出现了镇压组织。女主是拷问官,美丽无比,十二头身,时而温柔时而暴虐的施虐狂,会使用费洛蒙魔法,由阴道分泌,闻到的变种男性会变弱智,会上瘾,会不断高潮,会言听计从。,男主是反抗组织的战士,身高90厘米。
再说剧情:管理局要求被俘虏的男主说出情报,男主拒绝,直接被处以为时7天的死刑,由女主实行。第一天:被女主砍掉四肢,用费洛蒙精神洗脑。第二天:狗链行走调教,试图用费洛蒙魔法洗成奴隶。男主反抗,暴怒的女主注射痛觉放大剂,完全剁去四肢,男主连爬行都做不到了,再强灌脂肪转换率100%的魔兽奶,变成了肥的连眼睛都睁不开的猪。第三天:开膛破肚,把人头埋进肩膀里,割掉耳朵脑袋开缝改造成丁丁的样子。男主疯了。第四天,女主在因缘巧合下发现男主是自己的哥哥,开始悔恨自己的所做所为。第五天,女主设计救出男主,避免了死刑,但男主已经是没有手脚的蠕虫,心智也退化成了婴儿,还对女主的费洛蒙上了瘾。一个月后:女主带着残废的男主去了不歧视变种男性的殖民地。
最后说感想:这是一片口味极重、除了短暂颜骑几乎没有任何工口片段、剧情狗血的文字。最重要的是肥胖化、丑陋猎奇化的人体改造无法解释。除非好这口,否则不推荐。
不过还是要谢谢作者和搬运工
感谢大佬解说